オスカー・ルイス

オスカー・ルイス

オスカー・ルイス（Oscar Lewis、出生時の姓はレフコウィッツ、1914年12月25日 - 1970年12月16日）は、20世紀半ばに活躍したアメリカ合衆国の文化人類学者です。特に、貧困層の生活様式を詳細に描写した著作や、彼が提唱した「貧困の文化」論によって、社会科学分野に大きな影響を与えました。メキシコやプエルトリコのスラムにおけるフィールドワークに基づいた彼の研究は、貧困が単なる経済状態ではなく、独特の価値観や行動様式を含む文化として世代間で受け継がれる可能性を示唆し、大きな議論を巻き起こしました。

生い立ちと教育

1914年、ニューヨークでユダヤ教のラビの息子として生を受けたルイスは、ニューヨーク州北部の田舎町で育ちました。ニューヨーク市立大学シティカレッジに進学し、歴史学を専攻。在学中に、後に彼の人生と研究のパートナーとなるルース・マズロウと出会いました。1936年に歴史学の学士号を取得した後、コロンビア大学の大学院に進みますが、歴史学の研究内容に物足りなさを感じていました。転機となったのは、ルースの兄で心理学者として高名なアブラハム・マズローからの助言でした。アブラハムはルイスに、当時コロンビア大学で教鞭をとっていた著名な人類学者ルース・ベネディクトに会ってみることを勧めます。ベネディクトとの出会いをきっかけに、ルイスは人類学へと専攻を変更することを決めました。1940年にはコロンビア大学でPh.D.を取得。彼の博士論文は、北米の先住民であるブラックフット・インディアンが、白人社会との接触によって受けた影響について論じたもので、1942年に書籍として出版されました。

経歴と教職

博士号取得後、ルイスは教育者としてのキャリアをスタートさせます。ニューヨーク市立大学ブルックリン校やセントルイス・ワシントン大学で教鞭をとった後、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校に移り、同大学の人類学部の設立に尽力しました。教育と研究活動を通して、次世代の人類学者の育成にも貢献しましたが、1970年12月16日、ニューヨークで心臓疾患により55歳で惜しくもその生涯を終えました。彼の遺体は、クイーンズ区スプリングフィールド・ガーデンズにあるモンテフィオーレ墓地に埋葬されています。

研究内容と業績

ルイスの研究の最大の功績は、都市スラムに暮らす人々の日常を鮮やかに描き出し、その根底にある「貧困の文化」という概念を提示したことにあります。彼は、貧困が単に経済的な欠乏状態にとどまらず、特定の価値観、生活態度、家族構造、共同体への帰属意識の欠如といった、貧困層に共通して見られる行動様式や心理的特徴の集合体であると論じました。そして、「貧困の文化」は、階層化され、個人主義が強調される資本主義社会における貧困層が、周縁化された自らの立場に適応しつつも、それに対する抵抗の側面も持つものだと分析しました。彼はまた、異なる文化や社会に見られる共通の様式が、「共通の問題に対する共通の適応策」として生じるという考えを示しました。

特に、メキシコやプエルトリコの貧困家庭の生活史を詳細に記録した一連の著作は、その鮮烈な描写と手法によって大きな注目を集めました。これらの研究は、個々の家族や人物に焦点を当てることで、貧困という複雑な現象を多角的に理解しようとする試みでした。中でも、プエルトリコからニューヨークに移住した貧困家庭の生活を描いた『ラ・ビーダ：プエルト・リコの一家族の物語』（原題: La Vida; A Puerto Rican Family in the Culture of Poverty—San Juan and New York）は、1966年に発表され、その文学的な筆致と社会への洞察が高く評価され、1967年には全米図書賞（科学・哲学・宗教部門）を受賞しました。

「貧困の文化」論は、その後の貧困対策や社会政策に大きな影響を与えた一方で、貧困を個人の文化や行動様式に帰結させるものだとして、構造的な要因を軽視しているとの批判も受けました。しかし、彼の研究が、貧困という現象の多面性を浮き彫りにし、その後の貧困研究や都市人類学の発展に寄与したことは間違いありません。

家族

妻のルース・マズロウは大学の同級生であり、後に共同研究者としてもルイスの研究を支えました。また、義理の兄にあたるアブラハム・マズローは著名な心理学者として知られています。

おもな著作

High Sierra Country, 1955
Village Life in Northern India; Studies in a Delhi village, 1958
Five Families; Mexican Case Studies in the Culture of Poverty, 1959
邦訳：『貧困の文化：メキシコの<五つの家族>』高山智博・染谷臣道・宮本勝 訳、新潮選書、1970年、思索社、1985年、ちくま学芸文庫、2003年
Life in a Mexican Village; Tepoztlán restudied, 1960 [初版 1951年]
The Children of Sanchez, Autobiography of a Mexican Family, 1961
邦訳：『サンチェスの子供たち：メキシコの一家族の自伝』柴田稔彦・行方昭夫 訳、みすず書房、全2巻 1969年、新版（全1巻）、1986年
Pedro Martinez - A Mexican Peasant and His Family, 1964
La Vida; A Puerto Rican Family in the Culture of Poverty—San Juan and New York, 1966
邦訳：『ラ・ビーダ：プエルト・リコの一家族の物語』行方昭夫・上島建吉 訳、みすず書房（全3巻）、1970-71年
A Death in the Sánchez Family, 1969
『キューバ 革命の時代を生きた四人の男』江口信清 訳、明石書店、2007年（親族らとの共著）

ルイスの著作は、そのリアリティあふれる筆致と社会構造への深い洞察によって、人類学だけでなく社会学や文学の分野にも大きな影響を与え続けています。

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