カウディウムの戦い

カウディウムの戦い：共和政ローマを襲った屈辱

カウディウムの戦いは、第二次サムニウム戦争中の紀元前321年に、共和政ローマとサムニウムの間で起こりました。しかし、この戦いは通常の戦闘とは異なり、ローマ軍がアペニン山脈中の隘路でサムニウム軍に包囲され、降伏を余儀なくされたという屈辱的なものでした。この出来事は「カウディウムの屈辱」として後世に語り継がれ、ローマ軍にとってカンネーの戦いと並ぶ苦い記憶となりました。

戦いの背景：三勢力の対立

紀元前4世紀のイタリア半島南部は、主に三つの勢力によって分割されていました。アペニン山脈の山岳地帯に住むサムニウム人、沿岸部のギリシャ人植民都市、そして平野部のカンパニア人です。サムニウム人はその勢力を拡大し、カンパニア人の領域と衝突するようになります。カンパニア人はローマに支援を要請し、これがサムニウム戦争勃発のきっかけとなりました。

第一次サムニウム戦争（紀元前343年～紀元前341年）は、決定的な決着がつかないまま終結しました。しかし、ローマはこの戦争でカプアを中心とするカンパニア地方を手に入れ、そこの住民にラテン市民権を与えました。しかし、カンパニア地方の緊張状態はその後も続き、紀元前327年に再びサムニウム人とローマ人の間で紛争が勃発、第二次サムニウム戦争が始まりました。

カウディウムへの道：偽の情報と隘路

紀元前321年、ローマ執政官のティトゥス・ウェトゥリウス・カルウィヌスとスプリウス・ポストゥミウス・アルビヌスは、軍を率いてカラティア（カプアの南東10キロに位置するカンパニア人の町）に駐屯していました。一方、サムニウム軍の司令官ガイウス・ポンティウスは、カラティアの山向こうにあるカウディウムに宿営していました。

ポンティウスはローマ軍を欺くために、10人の兵士を羊飼いに変装させ、ローマ軍に偽の情報を流させました。その情報とは、「サムニウム軍がアプリア（現在のプッリャ州）にあるローマの同盟都市ルケリア（現在のルチェーラ）を攻撃に向かっている」というものでした。この虚報を信じたカルウィヌスとアルビヌスは、ルケリア救援のために急行することを決意し、最短ルートであるアペニン山脈中のカウディウムの峡谷を通る道を選んだのです。

カウディウムの屈辱：包囲と降伏

カウディウムは山に囲まれた狭い平地であり、二つの隘路しか出口がありませんでした。サムニウム軍は、この地形を利用してローマ軍を待ち伏せました。彼らは、平地の出口に木や岩でバリケードを築き、ローマ軍が進入してくるのを待ち構えていました。

カウディウムに入り込んだローマ軍は、偵察兵を先行させていなかったため、バリケードを見て初めて敵の待ち伏せに気づきました。急いで引き返そうとしましたが、既に時遅く、もう一方の隘路もサムニウム軍によって封鎖されていました。完全に退路を断たれ、周囲を敵軍に囲まれたローマ軍は、サムニウム兵の嘲笑の中で、ただ堅固なローマ式の宿営地（カストラ）を築くことしかできませんでした。

歴史家リウィウスによれば、ポンティウスは包囲したローマ兵の数が予想以上に多かったため、対応に苦慮し、引退していた父ヘレンニウスに助言を求めたとされています。ヘレンニウスは、最初はローマ兵を直ちに解放するように忠告しましたが、ポンティウスがこれを拒否すると、今度はローマ兵を皆殺しにするように勧めたといいます。矛盾する内容に困惑したポンティウスが父をカウディウムに呼び出すと、ヘレンニウスは「無条件で解放すれば平和とローマとの友好関係をもたらすだろう。でなければ皆殺しにするがよい。そうすれば二つの軍団を失ったローマは、数年間立ち直れなくなるだろう」と述べました。ポンティウスは、条件付き降伏勧告という「中間の選択肢」は無いのかと尋ねましたが、ヘレンニウスは「それは愚行だ。ローマに恥辱を与えれば必ず復讐してくる」と諫めました。しかし、結局ポンティウスは父の忠告を聞き入れず、ローマに対してサムニウム領からの撤兵とローマ植民市（コロニア）の撤収を条件に降伏を求めることにしました。

水の手を絶たれたローマ軍に、抵抗する力は残されていませんでした。執政官たちは、屈辱的な条件を受け入れる以外の道はなく、ローマ軍は武装解除され、トニカ（チュニック）のみの半裸状態にされた上で、サムニウム兵の罵声の中を、屈辱の象徴である「くびき」の下を一人ひとり屈んでくぐらされました。ギリシャの歴史家アッピアノスによると、ポンティウスは地面にローマ兵の槍を2本突き刺し、その上にもう1本槍を横に渡して即席のくびきを作ったとされています。2人の執政官を先頭に、ローマ兵は武装したサムニウム兵の槍の穂先の間を歩かされ、中には傷つけられ命を落とした者もいました。さらに、600人の騎兵（エクィテス）が人質としてサムニウムに抑留されました。

戦後：復讐と報復

ローマは、サムニウム側が提示した停戦条件を拒否し、カウディウムの屈辱に報復するためにサムニウムに侵攻し、何度かサムニウム軍を破りました。しかし、紀元前315年にはラウトゥラエの戦いでローマ軍は再びサムニウム軍に敗れ、カンパニアにおけるローマへの支持が揺らぐことになります。ポンティウスはカウディウムの戦いの数年後にローマに敗れて捕らわれ、処刑されたと伝えられています。

カウディウムの戦いは、ローマにとって屈辱的な敗北でしたが、その後のローマの拡大に大きな影響を与えた出来事でもありました。この敗北を教訓に、ローマ軍は組織や戦術を見直し、後の勝利へと繋げていったのです。

関連項目
サムニウム戦争
共和政ローマ
サムニウム
ラウトゥラエの戦い
センティウムの戦い
アクィロニアの戦い

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