エクィテス

エクィテス：古代ローマの騎兵から富裕層へ

エクィテス（eques）は、古代ローマにおいて騎兵部隊として組織された人々を指します。日本語では「騎士身分」と訳されることもあります。その起源は、王政ローマ時代にまで遡りますが、共和政ローマの拡大とともに、軍事的な役割から経済活動へとその性格を大きく変えていきました。

軍事的エリートとしてのエクィテス

エクィテスの起源は、伝説によれば王政ローマの初代王ロムルスが選抜した300名の護衛兵「ケレレス」にまで遡ります。その後、騎兵部隊は増強され、セルウィウス・トゥッリウス王の時代には1200騎が加えられました。この時、既存の600騎と区別された新兵は、パトリキではなくプレブスから選ばれたとする説もあります。国家から馬の費用を支給される「公有馬の騎士（equites equo publico）」は、共和政期にはケンソルによる定期的な再審査を受けました。しかし、紀元前252年には400名ものエクィテスが公有馬を取り上げられるなど、必ずしも安定した地位ではなかったことが伺えます。

ケントゥリアの成立

セルウィウス王の改革により、ローマ市民は資産に応じて5つの階級（クラッシス）に分けられました。この時、最富裕層は18の騎兵ケントゥリアとして組織され、重装歩兵を提供する第一クラッシスとともに、ケントゥリア民会での投票権を持ちました。この投票順は大きな意味を持ち、しばしば最初の投票結果が後続の投票に影響を与えました。騎兵ケントゥリアに所属する者たちは、元老院議員を含む大資産家であり、この時代では元老院議員とエクィテスの区別は曖昧でした。乗馬は幼少期からの訓練を必要とし、馬の飼育も容易ではなかったため、エクィテスは必然的に富裕層に限られました。

共和政ローマ成立後、初代執政官ルキウス・ユニウス・ブルトゥスは、元老院議員の欠員をエクィテスから補充しました。紀元前400年頃には、自前の馬を持つ富裕層が騎兵として参加するようになり、「私有馬の騎士（equites equo privato）」と呼ばれる人々が登場しました。エクィテスは、狭義には公有馬の騎士1800名を指し、広義には40万セステルティウス以上の資産を持つ富裕層を指すようになりました。

エクィテスの変質

第二次ポエニ戦争勃発後の紀元前218年、クラウディウス法により、現職の元老院議員とその子弟は大型船の保有を禁じられました。この法はノビレスを伝統的な農業に従事させる一方、ローマは商業的に発展し、属州からの徴税を行うための入札システムが導入されました。この徴税権を獲得したエクィテスは、経済活動を拡大させ、金融業者としても活動するようになりました。こうして、元老院議員が農業に専念する一方で、金融や商業を行うエクィテスは、経済的に力をつけ、元老院とは異なる集団として区別されるようになりました。エクィテスは公共事業を請け負う「プブリカニ」としても活動しました。

紀元前210年頃には、エクィテスが独立した身分として認識されていたことが、戦費調達の際に元老院議員とプレブスの模範として納税するよう促した逸話からも窺えます。また、シキリア獲得後に経済的に豊かになったエクィテスが、この頃にその地位を確立したと考えられます。紀元前2世紀には、プブリカニの活動は元老院やケンソルによって制限され、エクィテスはこれに反発しました。

軍事的には、スキピオ・アフリカヌス以降、騎兵は同盟国や属州から調達することが一般的になり、紀元前133年の第一次奴隷戦争を最後に、ローマ市民による騎兵は見られなくなりました。ガイウス・グラックスの時代には、エクィテスは軍事的な役割を終え、経済的集団へと完全に移行したとされます。

グラックス改革

紀元前149年、属州における不正行為を取り締まる常設審問所が開設されました。当初、その審判人は元老院議員が選ばれていましたが、ガイウス・グラックスはこれをエクィテスが独占するように変更しました。また、アシア属州の徴税権をエクィテスに委託することで、彼らの経済的自由を保障し、元老院に対抗できる力を与えました。

共和政後期

ユグルタ戦争では、元老院の煮え切らない対応に対し、平民とエクィテスが共同で非難し、参戦を促したという説もあります。また、ガイウス・マリウスの指揮官交代劇にも、エクィテスの影響があったと考えられています。紀元前100年のルキウス・アップレイウス・サトゥルニヌスの暴動では、元老院に協力するなど、エクィテスは自身の利益のために独自に行動しました。

キケロは演説で「元老院議員、騎兵身分の皆さん、そしてローマの市民諸君」と呼びかけ、当時エクィテスが重要な存在であったことを示しています。元老院議員のみが使っていた金の指輪も、エクィテスが使用するようになりました。スッラによって審判人の資格を奪われた時期もありましたが、ポンペイウスやカエサルの時代には、それぞれの利害関係によって陣営が分かれ、政治的な影響力は小さくなりました。

帝政期

アウグストゥス帝による帝政ローマの成立後、エクィテスは経済的な集団として存続し、元老院議員とともに官僚や指揮官として帝国を支えました。公有馬を与えられた者（equites equo publico）のみがエクィテスとされ、皇帝の私領であるエジプト属州やユダヤ[[属州]]の長官、親衛隊長官などの行政官（プロクラトル）を独占的に任されるなど、皇帝による統治を支えました。

軍人皇帝期

ウァレリアヌス帝の時代には、それまでの財務官僚的なエクィテスに代わり、軍人、特にイリュリア出身の近衛将校が台頭しました。彼らは皇帝直属の機動部隊を率い、帝国の防衛に貢献し、帝位を奪う者も現れました。その後、コンスタンティヌス1世による元老院拡充政策によって、騎士身分は固有の官職や称号を失い、身分としての特質を失いました。

エクィテスは、古代ローマにおいて騎兵として始まり、経済活動の中心となり、政治的にも大きな影響力を持つなど、その役割と性質を大きく変えながら、ローマの歴史を彩った重要な存在でした。

出典

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