カタクリ

カタクリ（片栗）

カタクリ（学名: Erythronium japonicum）は、ユリ科カタクリ属に分類される多年草です。別名でカタコとも呼ばれ、古くは「堅香子（かたかご）」とも称されていました。山地の林内に群生し、早春に独特な紅紫色の花を咲かせる姿は、多くの人々を魅了します。

特徴

多様な別名: カタクリは地域によって様々な別名で呼ばれ、カタカゴ、カタコユリ、カタバナ、カッコバナ、ヤマカンピョウ、アマイモなどの名で親しまれています。
地下茎: 地下茎は意外と深く、鱗茎の形がクリの片割れに似ていることから、「片栗」という名前が付けられたと言われています。鱗茎は長さ4〜5cm、直径1cmほどで、デンプンを蓄えています。
花: 早春に地上部を出し、3月から6月にかけて花を咲かせます。花茎は10〜15cmほどで、先端に直径4〜5cmほどの薄紫から桃色の花を下向きに一つ咲かせます。まれに白い花を咲かせるものもあり、シロバナカタクリと呼ばれます。蕾を持つ個体は、芽が出てから約10日で開花します。
葉: 花茎の下部に通常2枚の葉が付き、若い株では1枚の葉が見られます。葉は長さ10〜12cm、幅2.5〜6.5cmほどの長楕円形で、やわらかい質感を持ち、暗紫色の迷彩柄のような模様があります。地域によっては模様がないものもあります。
花の構造: 花被片と雄しべは6個ずつで、雄蕊は長短3本ずつあります。雌蕊の花柱はわずかに3裂しています。晴天時には花びらが反り返り、夕暮れには閉じる運動を繰り返します。曇りや雨の日には花は開きません。
果実と種子: 開花後には3室からなる果実ができ、各室には数個から20個ほどの胚珠ができます。胚珠は長さ2mmほどの長楕円形です。種子にはアリが好むエライオソームという物質が付いており、アリによって運ばれ、生育地を広げます。
休眠と生活史: カタクリは5月中旬から9月末まで地下で休眠し、10月下旬ごろに発根を始めます。早春に葉を出し、光合成で栄養を鱗茎に蓄え、夏には地上部が枯れます。種子から発芽して開花するまでには7〜9年ほどかかり、開花初期は有性生殖と無性生殖を繰り返しながら成長し、平均寿命は40〜50年程度と推定されています。

地下での挙動

5月中旬から9月末まで、カタクリは地下で休眠します。鱗茎は地中30cmほどの深さにあり、10月下旬ごろに発根を開始します。雪解けを待って、細い糸のような葉を伸ばします。

カタクリの生活史

カタクリは早春にいち早く葉を広げ、日差しを独占します。その後、花を咲かせ、受粉、結実を経て、他の植物が成長する頃には種子を散布し、地上部を枯らして休眠に入ります。この短い活動期間から「春の妖精」と呼ばれています。発芽から開花までには長い年月を要し、毎年少しずつ鱗茎に栄養を蓄積し、成長していきます。開花後も複数年にわたり開花を継続します。また、鱗茎は毎年更新され、古い鱗茎の下に新しい鱗茎が形成されます。

受粉の仕組み

カタクリは両性花であり、自家不和合性のため、自家受粉による種子形成はほとんどありません。花被片、雄蕊、雌蕊は紫外線をよく吸収し、昆虫を誘引します。ハナバチの仲間であるクマバチ、コマルハナバチ、マルハナバチなどが訪れて受粉を助けます。特にクマバチとマルハナバチが、受粉において重要な役割を果たしています。

アリによる種子の散布

カタクリの種子には、脂肪酸や高級炭水化物を含むエライオソームが付着しており、アリはこの物質に誘引されて種子を運びます。アリは種子を巣に持ち帰り、その後、巣外に搬出することで種子の散布を助けます。

利用

食用: カタクリの鱗茎は、煮て甘煮やきんとんにして食べることがあります。また、若葉や茎も山菜として食用にされます。ただし、カタクリの保護のため、採りすぎには注意が必要です。
薬用: 鱗茎から採取されるデンプンは、滋養保健や腹痛、下痢止めに効果があるとされています。しかし、現在市販されている片栗粉はジャガイモなどが原料で、カタクリのような薬効は期待できません。
鑑賞: カタクリは鑑賞用の山野草としても人気があり、多くの愛好家によって栽培されています。また、群生地では春の開花時期に合わせて「カタクリ祭り」などのイベントが開催されます。

分布

カタクリは日本原産で、北東アジアにも分布しています。日本では北海道から九州まで広く分布していますが、特に中部地方や東北地方の山地に多く群生しています。比較的日光が差し込む落葉広葉樹林の林床に生育し、他の植物と同時に開花することもあります。

日本の主な群生地

日本各地には多くのカタクリの群生地が存在し、観光名所となっています。以下はその一部です。

北海道旭川市：突哨山（日本最大級のカタクリ群生地）
青森県黒石市：かたくりの小径
岩手県西和賀町：安ヶ沢カタクリ群生地、大荒沢（銀河の森）カタクリ群生地、無地内カタクリ群生地
秋田県仙北市：八津のカタクリ群生地
栃木県佐野市・栃木市：三毳山のカタクリ群生地、万葉自然公園、星野自然村
群馬県：岩宿の里
埼玉県：馬上、大塚カタクリの里
東京都練馬区：清水山の森
神奈川県相模原市：城山カタクリの里
新潟県南魚沼市：八海山ロープウェー山麓駅付近
新潟県魚沼市：大湯温泉カタクリ群生地
長野県松本市：かたくり園
岐阜県可児市：鳩吹山のカタクリ群生地
愛知県豊田市：香嵐渓のカタクリ群生地
三重県いなべ市：藤原岳登山道
兵庫県丹波市：清住かたくりの里（関西最大級の群生地）
島根県吉賀町：カタクリの里
岡山県鏡野町：大地区のカタクリ群生地

天然記念物

多くのカタクリの群生地が、市町村の天然記念物に指定されています。これらの指定は、貴重なカタクリの群落を保護する上で重要な役割を果たしています。

種の保全状況評価

カタクリは、多くの都道府県でレッドリストに指定されており、特に四国や九州では絶滅が危惧されています。自然公園指定植物にも指定され、保護の対象となっています。

文化

カタクリは古くから人々に親しまれ、万葉集にも「堅香子」として詠まれています。また、多くの詩歌や文学作品にも登場し、その美しい姿は多くの人々の心を魅了しています。

カタクリ属

カタクリ属には、ユーラシア大陸に4種、北米大陸に20種が存在します。日本にはカタクリのみが分布しています。他の種には、キバナカタクリやシベリアカタクリなどがあります。

脚注

注釈

出典

参考文献

飯泉優『草木帖 —植物たちとの交友録』山と溪谷社、2002年。
稲垣栄洋『残しておきたいふるさとの野草』地人書館、2010年。
猪股慶子監修 成美堂出版編集部編『かしこく選ぶ・おいしく食べる 野菜まるごと事典』成美堂出版、2012年。
大嶋敏昭監修『花色でひける山野草・高山植物』成美堂出版、2002年。
金田初代、金田洋一郎（写真）『ひと目でわかる! おいしい「山菜・野草」の見分け方・食べ方』PHP研究所、2010年。
亀田龍吉『ルーペで発見! 雑草観察ブック』世界文化社、2019年。
河野昭一（監修） 編『植物生活史図鑑 春の植物No.1』北海道大学図書刊行会、2004年。
河野昭一（監修） 編『植物の世界 草本編（上）』ニュートンプレス、2001年。
高野昭人監修 世界文化社編『おいしく食べる 山菜・野草』世界文化社、2006年。
高橋秀男監修 学習研究社編『日本の山菜』 vol.13、学習研究社、2003年。
田中孝治『効きめと使い方がひと目でわかる 薬草健康法』講談社、1995年。
田中澄江『新・花の百名山』文藝春秋、1995年。
田中澄江『花の百名山』文藝春秋、1997年。
豊国秀夫『日本の高山植物』山と溪谷社、1989年。
菱山忠三郎『「この花の名前、なんだっけ?」というときに役立つ本』主婦の友社、2014年。
山と溪谷社 編『花の百名山地図帳』山と溪谷社、2007年。
吉村衞『おいしく食べる山野草』主婦と生活社、2007年。

関連項目

片栗粉
山菜
スプリング・エフェメラル
エライオソーム
突哨山

外部リンク

* カタクリの標本（武蔵 棒ノ嶺で1964年4月6日に採集） （千葉大学附属図書館）

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