カムク・モンゴル

カムク・モンゴル・ウルスとは

カムク・モンゴル・ウルス（Хамаг монгол улс、蒙兀国、1131年 - 1206年）は、チンギス・カンが登場する以前のモンゴル部族をまとめた国家の歴史用語です。現代モンゴル語では「ハマグ・モンゴル（Khamag Mongol）」とも呼ばれ、「全モンゴル」を意味します。この国家は、モンゴル部の指導者であったチンギス・カンの曾祖父、カブル・カンによって建国され、後にモンゴル帝国（イェケ・モンゴル・ウルス）へと発展する基礎となりました。

カムク・モンゴル成立前史

モンゴル族の起源について、フラグ・ウルスで編纂された『集史』には、モンゴル族はテュルク族との戦いを避けてエルグネ谷（エルグネ川流域）に住み着いたと記録されています。人口増加に伴い、彼らはエルグネ谷を離れ、「三河（オノン川、ケルレン川、トーラ川）の源」であるブルカン・カルドゥンへ移住したとされています。

一方、中国の史書では、モンゴルは唐代に室韋（オトゥズ・タタル）の一派である蒙兀室韋として登場し、彼らが「倶倫湖（フルン湖）」から流れ出る「望建河（エルグネ河）」の南岸に居住していたと記されており、『集史』の記述と一致しています。

考古学的な観点から見ると、エルグネ河流域に住んでいた頃のモンゴル部は、ブルホトイ文化のアルグン類型に分類されるグループであったと推測されています。このアルグン類型は、テュルク系文化の影響が比較的少ない文化圏でした。11世紀頃から、この文化はオノン川下流域に影響を与え始め、12世紀初頭にはオノン川上流域にまで拡大しました。同時期に、契丹人による遼朝がモンゴル高原に進出し、拠点を築いています。モンゴル部の西進は、契丹人との交渉や交易を通じて社会が発展した結果と考えられています。遼代の史料には、モンゴル人が馬などの革製品や毛製品を契丹人と交易していた記録があります。また、1084年には「萌古国」と「遠萌古国」という二つの集団が遼朝に朝貢した記録があり、この頃のモンゴル部がまだ政治的に統一されていなかったことが示唆されています。

12世紀中葉、女真人の金朝によって遼朝が滅ぼされると、モンゴル高原の環境は大きく変化しました。金朝は遼朝とは異なり、モンゴル高原の経営よりも中原への進出を重視したため、モンゴル部は南下を開始しました。この頃、ブルホトイ文化アルグン類型はウンドゥグン文化（初期モンゴル文化とも呼ばれる）へと変容し、その分布圏をオノン河流域からケルレン川・トーラ川流域にまで拡大しました。この文化の移動と拡大は、『集史』に記述されているモンゴルのエルグネ谷から「三河の源」への移住に対応すると考えられています。

モンゴル部の拡大は、周囲の部族との摩擦を生み、部族間の抗争が激化しました。この状況下で、モンゴル社会では優れた軍事的指導者が求められるようになり、部族的段階から族長を擁する首長制段階へと移行し、カンを戴くカムク・モンゴル・ウルスへと変貌しました。

カムク・モンゴルの歴史

トンビナイ・セチェンの息子であるカブル・カンは、未発達だったモンゴル社会を統一し、自らを君主とする首長制国家へと発展させました。『元朝秘史』には、カブル・カンの事績を「カブル・カンはあまねきモンゴルを統べた」と記述しています。カブル・カンはモンゴル部の諸氏族を傘下に置き、大規模な兵力を動員して金朝への侵攻を開始しました。南宋との対立も抱えていた金朝は、カブル・カンの侵攻を抑えることができず、連敗を喫しました。1147年、金朝はカブル・カンと講和を結び、西平河以北の27城を割譲し、毎年牛、羊、米、荳などを与えることを約束しました。また、カブル・カンを「朦骨国主」として冊封しました。この際、カブル・カンは「祖元皇帝」を自称し、天興と改元したとも伝えられています。

カブル・カンは、実子ではなく又従兄弟のアンバガイを後継者に指名しました。カブル・カンの死後、アンバガイ・カンが即位し、「あまねきモンゴル」を統べました。しかし、アンバガイ・カンはタタル部の策略により、娘の嫁入りを見送る途中で捕らえられ、金朝に送られて処刑されてしまいました。これを機に、タタル部はモンゴル部の最大の敵として、抗争を続けることになります。

アンバガイ・カンの死後、モンゴル部はカブル・カンの息子クトラ・カンをゴルゴナク川原で推戴しました。クトラ・カンはカダアン・タイシらと協力して、モンゴル部の復権とタタル部の打倒を目指しましたが、成功には至りませんでした。また、クトラ・カンの治世中、カブル・カンの孫、クトラ・カンの甥にあたるイェスゲイ・バートルは、メルキト部に嫁ぐ予定だったホエルンを略奪し、妻にしました。

クトラ・カンの死後、モンゴル社会では有力氏族間の対立が続き、遂に「あまねきモンゴル」を統べるカンは選出されなくなりました。キヤト氏集団の長であるイェスゲイ・バートルが一時的に有力となりましたが、彼もまたタタル部の策略によって毒殺されてしまいます。イェスゲイの死により、モンゴル部の内部分裂は決定的となり、アンバガイ・カンを始祖とするタイチウト氏はカブル・カンを始祖とするキヤト氏と袂を分かち、イェスゲイの長子でありキヤト氏の長となったテムジンの下からは多くの人々が離散しました。

後にテムジンが成長し、かつて離散したモンゴル部の民を取り戻すと、彼はクトラ・カン以来の「あまねきモンゴル」を統治するチンギス・カンとして推戴されました。しかし、チンギス・カンは旧来の氏族的な繋がりに頼るカムク・モンゴル・ウルスの体制を改革し、千人隊を基盤とする新たな統治制度を確立しました。こうしてカムク・モンゴル・ウルスは、イェケ・モンゴル・ウルス（モンゴル帝国）へと変貌を遂げたのです。

カムク・モンゴル歴代カン

カブル・カン
アンバガイ・カン
クトラ・カン

参考文献

白石典之『モンゴル帝国史の考古学的研究』同成社、2002年
* 村上正二訳注『モンゴル秘史 1巻』平凡社、1970年

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