カルタヘナ・デ・インディアスの海戦 (1741年)

カルタヘナ・デ・インディアスの海戦

1741年3月、現在のコロンビア領であるカルタヘナ・デ・インディアス沖で、エドワード・ヴァーノン中将率いるイギリス軍とセバスティアン・デ・エスラバ率いるスペイン軍の間で大規模な戦闘が発生しました。これは「ジェンキンスの耳の戦争」における決定的な局面であり、イギリス軍が壊滅的な敗北を喫する結果となりました。この戦いは後にオーストリア継承戦争へと拡大していく国際情勢の一端を担うことになります。イギリス軍は甚大な損害を受けましたが、その大半は戦闘によるものではなく、熱帯特有の疫病、特に黄熱病による犠牲者でした。

戦争の背景

「ジェンキンスの耳の戦争」は、1739年から1748年にかけてイギリスとスペインの間で戦われました。この戦争の根源は、1729年のセビリア条約によって定められた貿易協定にあります。この協定、通称「アシエント」により、イギリスはスペイン植民地への年間5千人という奴隷供給の独占権を得ました。さらに「ナビオ・デ・ペルミソ」という許可に基づき、毎年一度、積載量1千トンの貨物船でポルトベロの見本市に出展することが許されていました。しかし、カリブ海地域での貿易による莫大な利益を求めるイギリス商人と銀行家たちは、さらなる市場への参入を渇望しました。スペイン植民地の住民もイギリス製品を求めたため、密輸による非公式な貿易が盛んに行われるようになり、闇市が発展しました。

セビリア条約では、スペイン当局が自国の領海内でイギリス船を臨検することが認められていました。しかし、イギリス船レベッカ号の船長ロバート・ジェンキンスは、1731年の臨検時にスペイン沿岸警備隊員によって耳を切り落とされたと主張しました。彼が庶民院でその切り落とされた耳を証拠として提出したことは、既に大西洋における経済的・軍事的覇権を狙っていたイギリス国内の対スペイン強硬論を一気に高めることとなりました。当時の首相ロバート・ウォルポールは戦争に反対していましたが、世論の圧力に屈し、1739年10月23日にスペインへ宣戦布告するに至りました。

戦略目標としての港湾都市

スペイン領西インド諸島には、ベラクルス、カルタヘナ、ポルトベロ、そして最も重要なハバナという主要な貿易港がありました。イギリスはスペインの経済力を弱体化させるため、これらの港湾都市を標的としました。1739年11月22日、ヴァーノン提督はわずか6隻の戦列艦でポルトベロを占領するという快挙を成し遂げました。この成功はイギリス本国で大きな熱狂を巻き起こし、大規模な遠征計画を後押ししました。

カスカート卿を総司令官とする大規模な遠征軍が組織され、ヴァーノンは海軍部隊の4分の1を率いることになりました。遠征の当初目標は、船舶の修理が可能な当時最も重要な港湾であり、スペイン最大の造船所があったハバナでした。しかし、遠征途上でカスカート卿が急死し、後任の指揮官が不明確になったことで、複雑な任務に必要な調整が滞りました。

国民や商人からの強い要望、特にスペインとの妥協を受け入れなかった南海会社からの働きかけもあり、大規模な艦隊と陸軍を派遣することが決定されました。しかし、この決定は戦争に反対していたウォルポールだけでなく、小規模な攻撃を主張していたヴァーノン提督自身も不満を感じていました。以前にカルタヘナへの小規模襲撃に失敗していたヴァーノンは、要塞化された都市への大規模攻撃がポルトベロのような成功を収めるとは考えておらず、長期の包囲戦による疫病の蔓延を強く懸念していました。

イギリスの究極的な目的は、カリブ海の主要4港を占領し、長期的に支配することでした。これにより、スペインはアメリカ大陸東海岸の重要な深水港を失い、内陸部隊への補給が困難になります。また、イギリスは南米への航路を掌握し、内陸植民地への侵攻拠点を得られると考えました。特にハバナの造船所は、カリブ海で長期的に艦隊を維持する上で不可欠であり、その攻略は極めて重要視されていました。しかし、内閣の意見が一致しない中、作戦の最終決定はジャマイカで行われた作戦会議に委ねられました。ヴァーノンはハバナの防御が初期目標としては強固すぎると判断し、より優れた港湾であり、イギリス領ジャマイカから風上の位置にあるカルタヘナを代替目標とすることを主張し、これが会議で承認されました。

要塞都市カルタヘナ

18世紀のカルタヘナ・デ・インディアスは、1万人以上の人口を擁する繁栄した大都市でした。ヌエバ・グラナダ副王領の県都であり、直近に防御施設の改修・拡張が行われていました。外縁部には砦や砲台が強化されています。カルタヘナ港は当時でも有数の良港とされ、毎年ヌエバ・グラナダやペルーから運ばれた金銀を本国へ輸送する商船団の中継地点となっていました。

カルタヘナは1533年に建設されて以来、過去にフランシス・ドレーク（1585年）やポワンティス男爵（1697年）によって占領された経験がありました。市の西はカリブ海に面し、南の港湾への入り口は「ボカ・チカ」（小さな口）と「ボカ・グランデ」（大きな口）の二つがありました。ボカ・チカは水深が深いものの狭く、一度に1隻しか通れませんでした。この入り口は、サン・ルイス砦やバラデラ砲台などの外堡で厳重に防御されていました。ボカ・チカを通過した先が外港で、さらに内港への入り口も要塞化された半島によって守られていました。カルタヘナの城壁には160門の大砲があり、外郭にも140門の砲が備えられていました。城の周囲は堀と堡塁で囲まれ、その外郭にも堀が巡らされていました。また、市から約4分の1マイル南の丘陵上には、サン・ラサロ砦（サン・フェリペ・デ・バラハス砦とも）がありました。この砦は市の防御の要であり、山の近くの平野も守る位置にありましたが、水源からは離れていました。上陸に適したテクサル・デ・グラシアスの砂浜からサン・ラサロ砦までは約3マイルの道のりでした。

遠征軍と守備隊

イギリスの侵攻艦隊は合計124隻に及び、戦列艦29隻を含む約2千門の大砲を搭載していました。これに加え、輸送船80隻や商船50隻があり、総勢27,400人以上の兵員を擁していました。上陸部隊は約12,000人で、正規歩兵連隊、新設の海兵隊約6,000人、そしてヴァージニア植民地副総督ウィリアム・グーチ率いる北米植民地軍約3,600人が含まれていました。この植民地軍はニューヨークから輸送船40隻で運ばれてきました。

カルタヘナを守るスペイン軍は、正規軍約2,700～3,000人と、海員、民兵、インディアン射手を含む合計4,000～6,000人でした。彼らはブラス・デ・レソ提督とヌエバ・グラナダ副王セバスティアン・デ・エスラバに率いられ、6隻の戦列艦と多数の強固な要塞によって都市を守っていました。

戦前の遅延と疫病

遠征は逆風による出港延期で始まり、その間に船上の補給品が減少し、病人が増加しました。さらにフランス・スペイン艦隊出撃の報により再び延期され、イギリス艦隊は増援を待ちました。海軍の人員不足は深刻で、海員を補うために陸軍連隊を徴兵するほどでした。これらの遅延により、貴重な3ヶ月が浪費されました。一方、北米からの植民地軍は本国艦隊よりも早く到着しましたが、イギリス政府が彼らの補給について準備を怠っていたことが明らかになり、補給不足と気候が部隊を苦しめました。本国艦隊もチフス、壊血病、赤痢といった疫病に悩まされ、1741年1月までに遠征軍の陸軍は約500人が病死、1,500人が病に臥せっていました。総司令官となるはずだったカスカート卿と植民地軍指揮官スポッツウッドも病死し、陸軍の指揮は戦闘経験の乏しいトマス・ウェントワースに委ねられました。ジャマイカでのさらなる遅延とフランス艦隊との小競り合いを経て、イギリス軍は5月から始まる雨季とそれに続く「病季」を前に、多くの時間を失いました。

スペイン軍も援軍を受けましたが、彼らもまた疫病に苦しんでいました。さらに、レソとエスラバの間には不和が生じ、レソがボカ・チカ海峡の守備にほぼ全軍を集中させるべきだと主張したのに対し、エスラバが反対したことで、前線の守備が弱体化し、イギリス軍の初期上陸を容易にしました。

ボカ・チカ海峡の攻防

イギリス遠征軍は3月13日にカルタヘナ沖に到着しましたが、総指揮官不在のため、陸軍はウェントワース、海軍はヴァーノンが指揮を執り、重要な決定は作戦会議で下されました。到着までに疫病で多くの海員を失っていたため、陸軍の3分の1が海員として働く必要がありました。カルタヘナ市は海岸線からの直接上陸が困難であったため、遠洋船が入港できる唯一の入り口であるボカ・チカ海峡の突破が最初の目標となりました。この海峡はサン・ルイス砦、サン・ホセ砦、そして海峡を封鎖する防材とスペイン艦船によって厳重に守られていました。

上陸に先立ち、イギリス軍は海峡周辺のスペイン砲台を攻撃し、無力化を図りました。特にサン・イアゴ砦とサン・フェリペ砦への攻撃では、イギリス艦船が大きな損害を被りました。その後、擲弾兵がボカ・チカ近くに上陸し、続いて3月22日には陸軍主力が上陸しました。植民地軍は一部が上陸し、残りは海員として艦船に残りました。上陸した部隊は2週間かけて砲台を設置し、サン・ルイス砦への砲撃を開始しました。艦隊の一部も砲撃に参加しましたが効果は薄く、かえって被害を受けました。

陸上のイギリス砲台は艦隊の援護を受けながら3日間砲撃を続け、サン・ルイス砦に突破口を開きました。一方、艦隊の残りはスペイン艦隊を攻撃しました。レソはスペイン船2隻を自沈させて海峡の一部を封鎖し、ガリシアには火を放ちましたが、これは沈没前にイギリス軍に拿捕されました。4月5日、イギリス軍は陸海からサン・ルイス砦を攻撃し、歩兵が突破口から突入しましたが、スペイン軍は既に内港側の砦へ撤退していました。ボカ・チカでの戦闘により、イギリス軍は死傷者120人、さらに黄熱病とマラリアで250人が病死し、600人が罹患するという損害を負いました。

サン・ラサロ砦への強襲

外港の防御を突破したイギリス軍は、カルタヘナを陸側から孤立させるため、サン・ラサロ砦への強襲を決定しました。レソは、サン・ラサロ砦がカルタヘナ市の最後の要害であることを理解しており、その陥落が都市の降伏につながると考え、砦の防御を強化するために周囲に塹壕を掘り、兵員を配置しました。ヴァーノンはウェントワースに無計画な強襲をけしかけましたが、自らは港の水深を理由に直接的な海軍支援を拒否しました。ウェントワースは4月16日にテクサル・デ・グラシアスに上陸し、砦への進軍を開始しました。

イギリス軍にはサン・ラサロ砦を攻撃するための工兵が不在だったため、砲台を築いて突破口を開くことができず、夜間強襲を敢行する計画となりました。夜であればカルタヘナ市からの砲撃を受けずに砦の北側（カルタヘナ市側）から接近できると考えられました。最も壁が低く脆弱な南側から擲弾兵が突入し、胸墻を占領する狙いでした。

しかし、攻撃開始は遅れ、4月20日午前4時になってようやくサン・ラサロ砦への進軍が始まりました。先鋒の決死隊に続き、擲弾兵、歩兵連隊、そして攻城梯を運ぶ非武装のアメリカ植民地軍が続きました。スペイン軍からの脱走者が道案内を務めましたが、彼らは擲弾兵を斜面が急勾配な砦の南側へ誘導してしまいました。擲弾兵が壁を登ろうとしたところに、塹壕に潜んでいたスペイン軍からの銃撃を浴び、大きな損害を被りました。北側でもイギリス軍はスペイン軍と銃撃戦となりましたが、指揮官が戦死し、戦況は不利になりました。攻城梯も短く使い物になりませんでした。夜が明けてカルタヘナ市からの砲撃が始まると、イギリス軍の損害はさらに増大しました。午前8時、スペイン歩兵部隊がカルタヘナ市から出撃し、イギリス上陸軍と艦隊の連絡線を断とうとしたため、ウェントワースは撤退を命じました。この強襲は完全に失敗に終わり、上陸軍2千人のうち600人が失われました。さらに、疫病による消耗が激しく、この時点までにウェントワースの陸軍は6,500人から3,200人にまで減少していました。

壊滅的な結果と撤退

スペイン側の指揮官ブラス・デ・レソは、劣勢の状況では正面からの撃退は不可能だと判断し、戦いながら後退し、時間を稼ぐ遅延戦術を採りました。4月末から始まる熱帯の雨季まで持ちこたえれば、戦闘は中断され、イギリス軍は狭い船上での生活や野営を強いられ、補給不足、劣悪な環境、そして疫病によって消耗していくと考えたのです。ヴァーノンとウェントワースの間の不和による陸海軍の連携不足も、レソの計画を有利に進めました。カルタヘナの防御工事も直近の改修により強化されていました。

結果としてレソの遅延戦術は成功しました。雨季が到来し、イギリス上陸軍は艦船に引き上げざるを得なくなりました。狭い船上での密集した生活は疫病の蔓延を加速させました。4月25日の作戦会議でジャマイカへの撤退が決定され、5月中には実行されました。撤退完了時、執務可能な兵員はわずか1,700人、戦闘可能なのは1,000人以下という惨状でした。カルタヘナ撤退後1ヶ月の間にさらに1,100人が病死し、イギリス正規軍は1,400人、アメリカ植民地軍は1,300人まで減りました。この遠征は67日間続きましたが、イギリス艦隊は死者・戦闘不能者合わせて約18,000人（その大半が疫病による）を出し、敗北して撤退するという壊滅的な結果に終わりました。スペイン軍も疫病に苦しみましたが、イギリス軍ほどではありませんでした。ブラス・デ・レソ自身も、埋葬されなかった死体から病気にかかり、数週間後に病死したと言われています。

イギリス軍は戦列艦19隻を含む合計50隻の艦船を失いました。山ほどの金や土地の褒賞を期待して参加したアメリカ植民地軍3,600人の多くは、黄熱病や赤痢、飢餓によって命を落とし、故郷に戻れたのはわずか300人に過ぎませんでした。この生存者の中に、後に自身のプランテーションをヴァーノン提督にちなんでマウント・ヴァーノンと名付けたローレンス・ワシントンがいました。

早まった勝利とその後

戦闘の初期段階、スペイン軍がボカ・チカの防御施設からサン・ラサロ砦へ撤退した際、ヴァーノンは勝利を確信し、本国に勝利の報を伝えました。これにより、イギリス本国では早まった勝利を祝う記念メダルや陶磁器が多数制作されました。

しかし、遠征失敗の報が本国に届くと、ロバート・ウォルポール内閣は責任を問われてすぐに崩壊しました。スペインは戦略的に重要なカルタヘナを維持し、アメリカ大陸東海岸および大西洋を横断する貿易航路を守ることに成功しました。

このイギリスの敗北は、1741年6月末にヨーロッパに伝わり、国際政治に大きな影響を与えました。イギリス国王ジョージ2世は、プロイセンとオーストリア間の調停役を放棄し、プロイセンと密かに同盟したフランス・スペインがオーストリアを攻撃することで、オーストリア継承戦争が本格的に拡大することとなりました。

カルタヘナでの大損害は尾を引き、ヴァーノンとウェントワースはその後もカリブ海で戦いを続けますが、ことごとく失敗に終わります。増援を得ても戦況を打開できず、1742年9月には両名とも本国に召還されました。この頃には、艦隊は病人で溢れ、執務可能な海員は半分以下という惨状でした。カリブ海での戦役が終わる1742年5月までに、遠征軍の9割が戦闘または疫病によって死亡したと推定されています。その後もイギリスはカリブ海での襲撃を試みますが、大西洋の戦況に大きな影響を与えることはできませんでした。

歴史家リード・ブラウニングはこの遠征を「ばかばかしく災難的」と評し、当時のホレス・ウォルポールの言葉を引用してその失敗の甚大さを伝えています。ウェストミンスター寺院にあるヴァーノンの記念碑には、カルタヘナ包囲における海軍と陸軍の間の確執が刻まれています。

カルタヘナ・デ・インディアスの海戦は、ジェンキンスの耳の戦争における最も壊滅的な出来事であり、その結果は単なる軍事的な敗北にとどまらず、参加者の運命、国内政治、そしてヨーロッパ全体の国際関係に深い影響を与えたのでした。

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