カンブロラスター

カンブロラスター

カンブロラスター（Cambroraster）は、今からおよそ5億年前のカンブリア紀に地球上に存在していた、ラディオドンタ類に分類される絶滅した節足動物の一群です。その特徴は、現生のカブトガニを思わせる独特の蹄鉄状の背甲（甲皮）と、獲物や餌を捕らえる際に使われたと考えられる熊手のような前部付属肢にあります。海底での生活に適した形態を持っていたと推測されており、その化石はカナダの有名な古生物産地であるバージェス動物群から発見されたものが最初ですが、その後、北米の他の地域や中国の堆積層からも見つかっています。

名称の由来

この属名の「Cambroraster」は、「Cambrian」（カンブリア紀）と「rake」（熊手）という単語を組み合わせたものです。これは、カンブリア紀に生息し、熊手を連想させる前部付属肢と、カブトガニの背甲、あるいはSFに登場する架空の宇宙船を思わせるユニークな甲皮を持つことに由来します。特に、最初に正式に記載された模式種であるカンブロラスター・ファルカトゥス（Cambroraster falcatus）の種小名「falcatus」は、有名なSF映画「スター・ウォーズ」シリーズに登場する宇宙船「ミレニアム・ファルコン号」にちなんで名付けられました。発見当初、研究者たちの間ではその奇妙な外見から「スペースシップ（宇宙船）」という愛称で呼ばれていました。中国では「寒武耙蝦（ハンウーバシャ）」と呼ばれています。

形態

知られている全身化石は最大で十数センチメートル程度ですが、単離して発見された最大の甲皮（横幅約18cm）の比率から推定される最大体長は、約30cmに達した可能性が考えられています。ラディオドンタ類の中でもフルディア科に属する種に共通する特徴として、頑丈な体つき、よく発達した甲皮、そして熊手状の前部付属肢を持っています。しかし、カンブロラスターの背面の甲皮は、同科の中でも特に際立って特化した蹄鉄のような形状をしています。甲皮以外の体の構造については、主に模式種であるCambroraster falcatusの化石から情報が得られています。

頭部

他のラディオドンタ類と同様に、カンブロラスターの頭部も背側と左右に合計3枚の甲皮があり、その両背側には一対の眼、そして前腹面には一対の前部付属肢と放射状に並んだ口器の歯がありました。しかし、背側の甲皮が極めて大きく発達しているため、体全体の大部分を頭部が占めているのが大きな特徴です。

甲皮と眼

頭部の背側と腹側を覆う3枚の甲皮は、フルディアで見られるような網目状の表面構造を持っています。特に背側の甲皮（H-element）は体長の半分以上を占めるほど大きく、頭部全体をドーム状に覆うカブトガニの背甲のような構造を形成しています。この甲皮の後端は大きく後ろ向きに尖っており、少なくともC. falcatusではその縁に数本の棘が確認できます。さらに、後縁の中央にはもう一本の突起があり、その先端はやや凹んでいます。一対の楕円形の眼は、この背側甲皮の後端にある三つの突起の間にある二つの窪みに位置していました。そのため、眼は頭部の後方にあり、常に上方を向いていたと考えられています。両腹側の甲皮（P-element）は背側甲皮に完全に覆われ、丸みを帯びた細長い三角形の形で、棒状の連結部（P-element neck）を介して頭部の前方に繋がっています。

前部付属肢

熊手に似た前部付属肢（frontal appendage）は、口のすぐ前方、頭部の先端近くに付いていました。これは10個の節（根本の柄部1節と先端の9節）から構成されています。付属肢自体は比較的短いですが、柄部の直後の5節（第2～6節）にある内側の突起（内突起、endite）は、それぞれの節の高さの2倍以上に長く伸びていました。これらの内突起の前縁には、逆向きの鉤を持つ長短様々な20～25本の分岐（auxiliary spine）が均一に並んでいます。内突起とその分岐は先端に向かって内側に湾曲しており、前部付属肢を左右合わせて使用することで、口の前で物を掴むことができるバスケット状の立体構造を作り出していたと推測されます。先端の残り4節はあまり発達しておらず、最後の節には1本の棘があるのみです。

口と歯

前部付属肢の直後にある口器は「Oral cone」と呼ばれ、フルディアのものに似た十字放射状の多重構造をしています。32枚の歯のうち、十字方向に位置する4枚が最も大きく、開口部の奥にはノコギリ状の構造が少なくとも3層あり、これも十字方向に配置されています。一部の化石からは、Oral coneの裏側に続く、前胃と一連の歯を持つ咽頭のような構造の痕跡が見つかっています。

胴部

カンブロラスターの胴部は、一連の鰓のような構造体（setal blades, lamellae）と短い鰭（ひれ、flap）を持っています。他のラディオドンタ類と比較すると、胴部全体は横幅があり、やや短いのが特徴です。胴部の前端にある最初の3節は退化的で、setal bladesのみによって示され、頭部の後端に集まっています。それより後ろの胴節は、後方ほど幅が狭くなりながら、8対の鰭とsetal bladesを持っています。鰭は非常に短く、その長さは該当する胴節の横幅の約5分の1程度でした。エーギロカシスやペイトイアに見られるような背側の鰭は確認されていません。尾部には、およそ2対の尾鰭で構成される尾扇（tail fan）があり、それぞれの鰭には筋状の構造が並んでいます。

発育

カンブロラスターの背側の甲皮は、個体のサイズによって形状に違いが見られます。これは成長段階による特徴と考えられています。小型の個体（幼生）では、甲皮は比較的丸みを帯びており、後端の両側の突出部は中央の突出部とほぼ同じ長さで、その縁の棘がよく発達しています。一方、大型の個体（成体）では、甲皮は縦長になり、後端の両側の突出部は中央の突出部よりも短く、縁の棘も小型個体よりも退化的になっています。

生態

カンブロラスターは、遊泳能力を持ちつつも海底での生活を中心とする遊泳底生性（nektobenthic）であったと考えられています。これはフルディア科のラディオドンタ類によく見られる生態ですが、カンブロラスターは多くの時間を海底で過ごし、底生生活への適応をさらに深めていた可能性が示唆されています。これは、活発な遊泳には不向きな幅広い甲皮や短い鰭といった形態的特徴から推測されます。その特化した甲皮は、現生のカブトガニやカニ、あるいは懸濁物を食べる三葉虫や一部の甲冑魚といった底生性あるいは遊泳底生性の動物の頭部や甲羅に似ており、底生生活への収斂進化の一例として挙げられます。

集団脱皮の可能性

カンブロラスターの脱落した硬組織、特に前部付属肢や甲皮の化石は、しばしば群れとなって発見されます。これは、脱皮によって抜け捨てられた外骨格が集まったものと考えられています。このことから、カンブロラスターは現代の一部の節足動物のように、集団で脱皮を行う習性を持っていた可能性が示唆されています。

他種との関係

模式種であるCambroraster falcatusの化石は、同じバージェス動物群のティタノコリス（Titanokorys）と同じ地層から共に見つかることがあり、同じ地域に生息していたことを示しています。両種は似た生態を持っていたという説に基づけば、ティタノコリスの方が体格が大きい（約50cm）ため、より大型の餌を狙うことで体長約30cmのCambroraster falcatusとの競争を避けていたか、あるいは同じ餌を巡って競争関係にあった可能性が考えられています。

食性

カンブロラスターは比較的コンパクトな体形と、あまり可動域が広くなかったとされる前部付属肢の構造から、能動的に獲物を追いかける捕食者ではなかったと考えられています。そのため、食性については、堆積物の中から餌を選り分ける底生生物食者（sediment sifter）であったとする説と、水中の微小な有機物を濾し取る濾過摂食者（filter feeder）であったとする説の二つがあります。これらの説は、主に前部付属肢の内突起に規則正しく並んだ細長い分岐の頑丈さや機能に対する解釈によって分かれています。

底生生物食者説

この説では、カンブロラスターの前部付属肢の分岐は、濾過摂食を行うには頑丈すぎる構造であるとされます。このような構造は、むしろ現生の十脚類のエビやカニの口器、あるいは一部のウミサソリの脚のように、海底の堆積物を探って様々な餌を篩い分ける広食性に適していたと考えられます。この説に従えば、カンブロラスターはドーム状の甲皮で海底の堆積物に潜むようにして、籠のような構造の前部付属肢を使って堆積物の中から小動物やその他の有機物を集め、それを咀嚼・吸引するための口へと運んでいたと推測されます。また、前部付属肢の分岐がティタノコリスやコーダティカリスと同様に、一般的なフルディア科の種（フルディア、ペイトイア、スタンレイカリスなど）よりも密に並んでいたことから、微小な底生動物を主な餌とする（microphagous sediment sifter）タイプであった可能性も指摘されています。

濾過摂食者説

一方、濾過摂食者説では、カンブロラスターの前部付属肢は、海底の堆積物から餌を効率的に摂取するには構造が貧弱すぎると考えられています。このような構造は、むしろ濾過摂食を行う魚類の鰓耙（さいは）のように、水中を漂う微小な有機物を濾し取る機能に適していたとされます。この場合、ドーム状の甲皮は、濾過摂食時に水流を前部付属肢のある口元に誘導する役割を果たしていた可能性が推測されます。

分類と発見

カンブロラスターは、フルディア、ペイトイア、エーギロカシスといった他の著名なラディオドンタ類と共に、フルディア科（Hurdiidae）に分類されています。いくつかの系統解析の結果では、カンブロラスターはゼンヘカリス（Zhenghecaris）、コーダティカリス（Cordaticaris）、ティタノコリス（Titanokorys）と共に、フルディア科の中でも比較的派生的な（進化が進んだ）グループの一つであると見なされています。特にティタノコリスとは形態がよく似ており、発見当初は同じ属の種かとも考えられていましたが、甲皮の形状に明確な違いがあり、系統解析からも最も近縁な姉妹群とは見なされていないため、現在は別々の属として区別されています。

2020年5月現在、カンブロラスター属（Cambroraster）として正式に命名された種は、2019年8月に記載された模式種であるカンブロラスター・ファルカトゥス（Cambroraster falcatus）のみです。この種は、カナダのブリティッシュコロンビア州にあるバージェス頁岩に含まれるマーブルキャニオン層やトクムクリーク層（バージェス動物群、ウリューアン期、約5億1,000万年～5億500万年前）から化石が発見されています。

これ以外にも、中国の堆積層からカンブロラスター属の未命名の化石標本がいくつか報告されています。

Cambroraster sp. nov. A

中国雲南省の馬鞍山層（Maotianshan Shale、澄江動物群、カンブリア紀第三期、約5億1,800万年前）から発見され、2020年に報告されました。この種については、唯一の化石標本（YKLP 11420）である背側の甲皮のみが知られています。C. falcatusと比較すると、背側甲皮がより縦長で、後端の両側の突出部の縁に棘がなく、後縁中央の突出部が台形をしており、その先端に一対の三角形の棘がある点で異なります。これらの特徴から新種である可能性が高いと考えられていますが、知られている化石が小型個体（1cm未満）であり、成長段階によって形態が変化する可能性があるため、正式な新種として命名するには至っていません。

この化石の発見は、フルディア科のラディオドンタ類が中国にも分布していたこと、そしてカンブリア紀の比較的早い時期から生息していたことを示す、初めての確実な証拠となりました。また、これにより、フルディア科の種がカンブリア紀第三期には既にカンブロラスターのような派生的な形態を獲得し、底生生活への適応を進めていたことも示唆されています。

Cambroraster cf. falcatus

中国山東省の饅頭層（Mantou Formation、ウリューアン期）から発見され、2020年に報告された標本です。この標本は、背側の甲皮1つと両腹側の甲皮2つから構成されています。甲皮の形状はC. falcatusと非常に似ていますが、横幅がやや広いという違いが挙げられています。しかし、この違いは成長段階によるものか、あるいは化石化の過程で生じた変形である可能性も高いため、決定的な同定形質とは認められにくく、C. falcatusと同種である可能性も否定できません。そのため、正式な新種として記載されず、「Cambroraster cf. falcatus」（falcatusに近縁と思われるカンブロラスター）として報告されています。

関連項目

ラディオドンタ類
フルディア科
ティタノコリス
コーダティカリス
ゼンヘカリス
カブトガニ類

外部リンク

A voracious Cambrian predator, Cambroraster, is a new species from the Burgess Shale | EurekAlert! Science News
First Animals | Nature of Things - カンブロラスターとティタノコリスの研究が紹介されているドキュメンタリー。

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