キリニ山

キリニ山（希: Κυλλήνη）は、ギリシャ南部のペロポネソス半島にそびえる山岳です。古典ギリシア語の発音に近いキュレーネー山、あるいはキュレネ山とも表記され、地元ではジリア山（Ζήρια）の名でも親しまれています。この山は、ギリシア神話においてヘルメス神が生まれた場所として、古代から特別な意味を持っています。

現代の行政区分では主にコリンティア県に属し、アルカディア地方北東部とアカイア地方の境界近くに位置しています。最高峰は標高2,376メートルに達し、ペロポネソス半島ではタイゲトス山に次いで2番目の高さです。周辺の地理としては、主要都市であるコリントスの西や、トリポリの北にあたります。

地理と自然

キリニ山の山頂部は岩がちで荒涼とした風景ですが、標高が下がるにつれて豊かな森林が広がっています。山は大きく、より高い峰々が集まるメガリ・ジリア（大ジリア）と、それより低い峰々のミクリ・ジリア（小ジリア）に分かれています。両者は深く切り込んだフランブリツァ峡谷によって隔てられています。この峡谷を源流とするシサス川は、下流でコリンティアコス湾へと流れ込んでいます。メガリ・ジリアには2,000メートルを超える峰が3つあり、ミクリ・ジリアには2つあります。最高峰はメガリ・ジリアに位置しています。

山麓にはいくつかの水域が存在します。西麓には人造湖のドクサ湖が、南麓には古来より名高いスティンファリア湖の広大な湿地帯が見られます。また、メガリ・ジリア北部の高原、ジリア平原には、冬の降水によって春から初夏にかけて現れる季節湖、ダシウ湖があります。

フランブリツァ峡谷を含むキリニ山の山頂域は、生態系の多様性が評価され、欧州連合の自然保護ネットワーク「ナチュラ2000」に指定されています。この地域は豊かな動植物の宝庫であり、アナグマ、キツネ、リスなどの哺乳類や、イヌワシをはじめとする多様な鳥類が生息しています。植物相も非常に豊かで、針葉樹やプラタナスが特徴的な森林には、2000種類を超える植物が確認されています。

山の東斜面には「ヘルメスの洞窟」と呼ばれる鍾乳洞があります。この洞窟はヘルメス神が誕生した伝説の地とされ、古くから崇拝の対象となってきました。

山の中腹、標高908メートル地点にはクリオネリ天文台が設置されています。1972年に設立され、直径1.2メートルの反射望遠鏡を持つこの天文台は、天体観測や研究活動の拠点となっています。また、大学との連携や一般市民への天文学普及にも貢献しています。

キリニ山の山頂からは、コリンティアコス湾をはじめとするペロポネソス半島北東部の広範な景色を望むことができます。近隣には南にオリギルトス山、西にアロアニア山があります。山の多くの部分は自然公園内にあり、山域内を通る道路は限定的です。

神話との関連

キリニ山は、ギリシア神話においてヘルメス神の生誕地として特別な地位を占めています。神話では、ヘルメスはこの山の神聖な洞窟で誕生したとされ、そのため「キュレニオス」はヘルメスを指す形容辞として広く用いられました。

『ホメロス風讃歌』の中の「ヘルメス讃歌」は、生まれたばかりのヘルメスがキリニ山の洞窟から出るとすぐに、亀の甲羅を使って竪琴を発明した物語を詳しく伝えています。また、この讃歌は、ヘルメスが巧みな手でアポロン神の牛50頭を盗み出した逸話も描いており、怒ったアポロンを自作の竪琴の調べで魅了し、牛と竪琴を交換するに至った出来事を語っています。同じく『ホメロス風讃歌』の「パン讃歌」では、ヘルメスが神々の素早い使者であり、キリニ山の神域を持つ一方で、アルカディアの地で羊を放牧していたことが述べられています。

古代には、キリニ山の頂上にヘルメスに捧げられた神殿と神像があったと記録されています。パウサニアスが訪れた頃にはすでに廃墟となっていましたが、この神殿は初期の神殿の中でも特に古いものの一つと伝えられています。ヘルメスの母マイアを含む、天空神アトラスの7人の娘たちであるプレイアデスもキリニ山で生まれたとされています。さらに、予言者テイレシアスが性別を変えた出来事も、この山で交尾する二匹の蛇を打った際に起こったという伝承が残っています。

キリニ山は、その壮大な自然景観と貴重な生態系に加え、古代ギリシア神話、特にヘルメス神との深いつながりによって、学術的にも文化的にも重要な意義を持つ山です。

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