クセノフィオフォラ

クセノフィオフォラ（学名：Xenophyophore）は、数ミリメートルから数十センチメートルにも達する巨大な単細胞の原生生物です。主に深海の平原を含む世界中の海洋に広く生息しています。この生物の大きな特徴は、自身の分泌物と周囲の外来物を膠着させて作り上げる独特な殻を持つことです。その学名は、ギリシャ語で「外来のものを着けている」という意味に由来しており、彼らのこの特異な性質をよく表しています。

分類と発見の経緯

その驚くべき大きさから、クセノフィオフォラが初めて科学的に記載された1889年当時は、多細胞生物である海綿動物として認識されていました。その後、研究が進むにつれて、1907年には根足虫、さらには有殻アメーバといった単細胞生物のグループへと分類が見直されていきました。現在では、原生生物門の中における独自の高次分類群、クセノフィオフォラ綱として広く受け入れられています。近年では分子生物学的な手法を用いた研究も行われており、2003年の分子系統解析に基づく報告では、クセノフィオフォラは同じリザリアに属する有孔虫が特殊化した仲間である可能性が示唆されています。現在までに、おおよそ2目14属50種が記載されており、中には直径が20センチメートルにも達する巨大種、Syringammina fragillissimaなどが知られています。

生息環境

クセノフィオフォラは、地球上の生物群の中でも珍しく、その生息域が主に深海に限定されている高次分類群の一つです。一般的に、水深500メートルから8,000メートルの範囲に生息し、特に栄養塩が豊富な湧昇域や海山、大陸棚などに集中して分布しています。熱帯海域の比較的浅い水深（1～20メートル）での生息報告も一部にありますが、その信頼性については議論が続いています。

これほど広い海洋に分布しているにもかかわらず、クセノフィオフォラが一般にあまり知られていないのには理由があります。彼らは非常に多様な外見を示す上に、極めて繊細で壊れやすい生物だからです。深海に生息する個体が潮流に乗って浅い場所へ流されることもありますが、浅海特有の強い流れによって、その本来の形状が歪んでしまったり、完全に壊れてしまったりすることが少なくありませんでした。そのため、彼らの全体像や生態の詳細が明らかになるまでには、深海探査技術の大きな進歩を待たねばならなかったのです。

細胞構造

クセノフィオフォラの形態は多岐にわたり、平らな円盤状、四面体、枝分かれした樹状、フリルのような複雑な形、あるいは球形の海綿に似た形状など、実に様々です。その基本的な構造は、粘性のある細胞質の塊であり、この細胞質の中には無数の細胞核がまんべんなく分散しています。細胞質は「グラネラレ（granellare）」と呼ばれる、厚さ2〜5マイクロメートルのセメント質（主に硫酸バリウムの結晶から構成される）でできた枝分かれした構造の中に収まっています。

グラネラレと細胞質の外側は、「ステルコマタ（stercomata）」と呼ばれる管状の構造に囲まれています。これは、細胞が分泌した糊状の物質によって自身の排泄物が固化して形成されたものです。さらにその一番外側には、自身の分泌物と外部から取り込んだ様々な物質から作られた「殻（test）」が存在します。この殻には、周囲の泥や砂粒といった無機物だけでなく、他の生物の遺骸、例えば海綿の骨片、放散虫の骨針、有孔虫の殻などが含まれており、これが「外来のものを着けている」という名前の由来となった特徴的な構造です。また、スタノマ目（Stannomida）に分類される一部のクセノフィオフォラは、「リネラエ（linellae）」と呼ばれるシルク様のタンパク質繊維の束を身にまとっており、このリネラエの有無はクセノフィオフォラを分類する際の重要な基準の一つとなっています。

生態

クセノフィオフォラは、海底表面に固着して餌粒子が運ばれてくるのを待つ従属栄養生物です。餌を捕らえる際には、粘液質の物質を放出して周囲の粒子を効率的に捕捉します。海溝のように高密度で生息する場所では、この粘液質が海底の広範囲を覆うほどになることもあります。特に生息密度の高い地域では、100平方メートルあたり2,000個体にも達するほどの優占度を示すことがあります。彼らの摂食様式はアメーバ類と類似しており、一時的に形成される仮足を伸ばして食物粒子を包み込んで細胞内に取り込みます。

多くのクセノフィオフォラは海底の表面に生息する表在性ですが、Occultammina profundaという種だけは例外的に埋在性で、海底堆積物の内部、およそ6センチメートルの深さに潜って生活しています。一方で、Semipsammina属のように固い基質を好む種も存在するなど、生息場所に対する好みが多様です。

クセノフィオフォラは、継続的に堆積物を取り込み殻を形成するという性質から、海底生態系において重要な役割を担っていると考えられています。例えば、その複雑な形状の殻は、等脚類をはじめとする様々な小型底生生物の住処や隠れ家として機能します。クセノフィオフォラが多数生息する海底では、他の場所と比較して底生性の甲殻類、棘皮動物、軟体動物などの生物が3～4倍も多く観察されるという報告もあり、生物多様性の維持に貢献している可能性が示唆されています。殻を提供するだけでなく、クセノフィオフォラ自身が他の生物と共生関係を築いている例も確認されています。殻の内部や表面に共生・同棲する生物群は幅広く、Hebefustis属の等脚類、星口動物、多毛類、線虫などが知られています。特にカイアシ類は、クセノフィオフォラとほぼ永続的な関係を築いていると考えられています。また、クモヒトデもクセノフィオフォラの表面や下側で頻繁に見つかり、何らかの相互関係があると考えられています。これらの他の生物との関連性と、世界中の海洋に分布していることを合わせると、クセノフィオフォラが底生生物群集の多様性を維持するために不可欠な存在である可能性が高いと言えます。

しかしながら、様々な生物との複雑な関係性や、安定した大量の基質供給を必要とする生態のためか、現在のところクセノフィオフォラの実験的な培養は成功していません。

生活環

クセノフィオフォラの生活環の詳細は、まだ十分に解明されていません。分裂による無性的な増殖を行っていると考えられていますが、その詳しいプロセスは不明です。また、2本の鞭毛を持つ遊走子が接合することによる有性生殖の可能性も示唆されています。

現生種の分類

現生のクセノフィオフォラ全体としては、一般的に綱レベルの分類群として扱われることが多く、原生生物門のリザリアに属するクセノフィオフォラ綱（Xenophyophorea）として分類されています。この綱は、Tendalが1972年に提唱した以下の2つの下位分類群、目（Order）に分けられています。

プサミナ目（Order Psamminida）
主に硬質な殻を持つグループで、その殻は外部から集めた様々な物質を膠着して作られています。いくつかの科に分類されます。
プサメッタ科（Family Psammettidae）：殻はがっしりとした塊状で、外来物は無秩序に膠着されます（例：Psammetta, Homogammina, Maudammina）。
プサミナ科（Family Psamminidae）：殻の形は多様ですが、一般に硬くてもろいです。膠着物はしばしば層状になります（例：Psammina, Semipsammina, Galatheammina, Reticulammina, Spiculammina）。
シリンガミナ科（Family Syringamminidae）：殻は明瞭な網目状の構造をとり、もろいです（例：Syringammina, Occultammina, Aschemonella）。
セレラスマ科（Family Cerelasmidae）：殻はほとんどないか、断片的で非常に壊れやすいです。比較的深い水深（約3,660～4,829メートル）に生息します（例：Cerelasma）。

スタノマ目（Order Stannomida）
プサミナ目とは異なり、比較的柔軟な殻を持つグループです。外来物の膠着は少なく、代わりにリネラエ（linellae）と呼ばれる長い繊維をまとっています。スタノフィルム目とも呼ばれます。
スタノマ科（Family Stannomidae）：殻はほとんどないか柔らかく、枝分かれした樹状の形態を示すことが多いです。比較的深い水深（約3,814～4,930メートル）に生息します（例：Stannoma, Stannophyllum）。

化石

現生種だけでなく、クセノフィオフォラに由来すると考えられている化石も少数ながら発見されています。古くから世界各地の海底堆積物や岩石表面で、規則的なハニカム（蜂の巣）型の紋様を持つ石が見つかっており、日本では「亀甲石」などと呼ばれてきました。これらの紋様は当初、動物が岩の表面の有機物を食べた痕跡である生痕化石や、穿孔性の貝類が掘り進んだ道筋など、様々な説が提唱されていました。また、その形状が緑藻類の一種であるアミミドロに似ていることから、これに近縁な生物の化石ではないかという意見もありました。

この議論に一つの転機が訪れたのは1994年です。埋在性のクセノフィオフォラであるOccultammina属が形成する殻の構造と、これらのハニカム模様の石との間に構造的な類似性があることを指摘する報告がなされ、以来、これらの化石紋様はクセノフィオフォラの殻に由来するという見解が有力視されるようになりました。しかしながら、化石に残されたハニカム模様は、現生のクセノフィオフォラが作り出す構造と比較して、より規則性が高いという形態的な違いが存在します。また、これらの化石が間違いなくクセノフィオフォラの殻であることを示す直接的な証拠は、まだ完全には得られていません。所属不明の化石としては、Paleodictyon*（コダイアミモ）などが挙げられます。

これらの研究は、深海という特殊な環境に生きる単細胞生物の進化史や、太古の海底生態系を知る上で重要な手がかりを与えています。

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