クナン

クナン (忽難) とゲニゲス氏：ジョチ・ウルスの基盤を築いた千人隊長

クナン（モンゴル語: Qunan, 中国語: 忽難）は、13世紀初頭にチンギス・カンに仕えたゲニゲス（キンキト）氏出身の千人隊長です。『元朝秘史』では忽難(hūnán)、『集史』ではقونان نویان(Qūnān Nūyān)或いはکینگقیادای نویان（Kīngqīdāī Nūyān）と記されています。クナン・ノヤン、キンキヤタイ・コルチ・ノヤンとも呼ばれます。

概要

『元朝秘史』によると、クナンはジャムカとテムジン（後のチンギス・カン）の対立時に、ダアリタイ・オッチギンらと共にジャムカを見限りテムジンの陣営に加わりました。1206年にチンギス・カンがモンゴル帝国を建国すると、クナンはその功績を賞賛されました。

チンギス・カンは「我が子等の長はジョチなるぞ。クナンは己がゲニゲスの頭となって、ジョチの下に万戸の長となっておるように」と述べ、クナンの率いるゲニゲス千人隊をジョチに分封しました。この分封が、後のキプチャク草原から東欧を支配するジョチ・ウルスの原型となりました。ジョチに分封されたのは、モングウルのシジウト千人隊、フーシダイ（ケテ）のフーシン千人隊、バイクのフーシン千人隊、そしてクナンのゲニゲス千人隊です。

ジョチの死後、ジョチの4千人隊は2分され、モングウルとバイクの2千人隊はバトゥが、クナンとフーシダイの2千人隊はオルダがそれぞれ継承しました。『集史』「キンキト部族志」によると、クナン・ノヤンの子孫フラン（hūrān）がオルダの子孫コニチに仕えて著名になったとされています。

ゲニゲス/キンキト氏

クナンの出身氏族については史料上の記述が少なく、『元朝秘史』では「ゲニゲス（Geniges >génígésī,格泥格思）」、『集史』では「キンキト（Kinkit >kīnkīt,کینکیت）」と伝えています。「ゲニゲス」と「キンキト」は異なる名称に見えますが、モンゴル文字・アラビア文字ともにKとGの字形は類似しているため、同一の集団を指すと考えられています。

『元朝秘史』はカイドゥの息子チャウジン・オルテゲイからオロナウル・コンゴタン・アルラト・スニト・カブトルカス・ゲニゲスの6氏族が生じたとしますが、この伝承は『集史』には見られず、信憑性が疑われています。モンゴル帝国においてゲニゲス/キンキト出身で名を残したのは事実上クナンの一族のみでした。

子孫

ブハラ・ハン国で編纂された『チンギズ・ナーマ』には、オロス・ハンの治世に活躍した「ゲネゲス・クガンの息子ダルウィシャク・ムルザ(Keneges Quġan oġlï Darwišak Mïrzanï)」なる人物について言及があります。彼がトクタミシュを保護し、チャガタイ・ウルスのティムールに引き合わせたという逸話が語られていますが、史実かどうかは定かではありません。ただし、「ゲネゲス・クガンの息子ダルウィシャク・ムルザ」はクナンの率いるゲニゲス千人隊の後裔であると考えられています。

初期ジョチ・ウルスの4千人隊

ジョチ・ウルスの初期は以下の4つの千人隊によって構成されていました。

オルダ・ウルス
ゲニゲス部のクナン・ノヤン（Qunan ＞忽難/hūnán,قونان نویان/qūnān nūyān）
フーシン部のケテ(フーシダイ)（Kete ＞客帖/kètiē,هوشیتای/hūshītāī）
バトゥ・ウルス
シジウト部のモンケウル（Möngke'ür ＞蒙古兀児/mēnggǔwūér,منگکور/mungkūr）
フーシン部のバイク（Baiqu ＞بایقو/bāīqū）

これらの千人隊が、ジョチ・ウルスの拡大と発展の礎となりました。

参考文献

川口琢司/長峰博之『チンギズ・ナーマ』（東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2008年）
赤坂恒明『ジュチ裔諸政権史の研究』風間書房、2005年
志茂碩敏『モンゴル帝国史研究 正篇』東京大学出版会、2013年
村上正二訳注『モンゴル秘史 1巻』平凡社、1970年
村上正二訳注『モンゴル秘史 2巻』平凡社、1972年
村上正二訳注『モンゴル秘史 3巻』平凡社、1976年

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