サルでも描けるまんが教室

サルでも描けるまんが教室

『サルでも描けるまんが教室』（通称：サルまん）は、相原コージと竹熊健太郎による異色の漫画作品です。1989年から1991年にかけて『ビッグコミックスピリッツ』（小学館）で連載されました。本作は、漫画の描き方を解説する形式を取りながらも、実際にはギャグ漫画であり、漫画業界の構造や漫画表現を風刺的に描いた作品です。

概要

物語は、作者を模した青年漫画家、相原弘治と竹熊健太郎が「漫画で日本を支配する」という野望を抱き、漫画の制作に取り組む姿を描いています。漫画の入門書のような体裁でありながら、その実態は当時の漫画界を痛烈に批判するギャグ漫画であり、パロディやメタフィクション、実験的な表現がふんだんに盛り込まれています。

特に、当時の漫画業界でなんとなく認識されていた「お約束」を明確化し、「漫符」という概念を初めて定義したことは特筆されます。原作は主に竹熊健太郎が担当し、作画は相原コージが担当しましたが、一部では役割が逆転することもありました。企画の原点は、竹熊と藤原カムイの学生時代の馬鹿話にあり、当初は藤原が作画を担当する予定でした。

タイトルは「仁義なきマンガ教室」や「男汁」といった案がありましたが、語呂の悪さから現在のタイトルに落ち着きました。タイトルの「サルでもかける」は、「猿の千摺り」に由来しています。また、本作のスピンオフとして、主人公2人の担当編集者である佐藤を主役にした『サルでもやれる編集者教室』も存在します。これらは単行本や新装版に収録されています。

連載当時は全3巻のソフトカバーB5版単行本として刊行され、秋田書店「少年チャンピオン・コミックス」の1970年代の装丁をパロディ化したデザインが特徴的でした。その後も人気は衰えず、増補改訂された新装版や、21世紀愛蔵版も出版されました。21世紀愛蔵版には、「萌え」をテーマにした新たな章も追加されています。

サルまん2.0

2007年には、続編である『サルまん2.0』が「月刊IKKI」で連載開始されました。しかし、相原と竹熊の意見の相違から、全8回で連載は終了しました。その後、長らく単行本化されていませんでしたが、2017年に本編を完全収録し、関係者による座談会を収録した単行本が発売されました。

登場人物

相原弘治（あいはら こうじ）
演 - 錦織純平
漫画での日本征服を目指す青年。絵を担当し、作中では画力を向上させる描写はないものの、21世紀愛蔵版では萌え絵に挑戦しています。作者の相原コージ自身をモデルとしたキャラクターです。
竹熊健太郎（たけくま けんたろう）
演 - コウガシノブ
漫画の奥義を弘治に伝授する青年。漫画分析力に優れていますが、どこか抜けた一面もあります。作者の竹熊健太郎本人をモデルとしています。
佐藤治（さとう おさむ）
演 - 両國宏
2人の担当編集者。筋肉質な巨漢で辮髪が特徴。常識的な性格ですが、担当漫画家が変人ばかりであることに不満を感じています。モデルはふくしま政美の『聖マッスル』に登場する巨人王です。
白井勝也（しらい かつや）
演 - 石橋保
「週刊少年スピリッツ」の編集長。日本の全出版社支配を企む野心家で、ヤクザ風の風貌です。モデルは連載当時のビッグコミックスピリッツ編集長、白井勝也です。
青空のぼる
佐藤が担当していた大御所漫画家。時代とズレてしまったため連載を打ち切られてしまう。モデルは前谷惟光。
オクラホマ美樹子
演 - 杏さゆり
スピンオフ作品に登場する女性漫画家。情緒不安定で自殺を図るが、佐藤と男女の関係になり結婚する。

サルまんにおけるパロディ

『サルまん』は、数多くのパロディが取り入れられていることでも知られています。特に顕著なのが、劇画調の濃い絵柄と日本征服の野望が、雁屋哲作・由起賢二画の劇画『野望の王国』のパロディである点です。また、漫画表現の技術論や、様々なジャンルの漫画の独断的な分析とパロディも含まれています。

サラリーマン漫画：『課長島耕作』+『釣りバカ日誌』、『なぜか笑介』、『ドーモ君』
エロコメ：『ANGEL』、『やる気まんまん』
政治風刺漫画：横山泰三作品
4コマ漫画：『コボちゃん』、『サザエさん』
麻雀漫画：『哭きの竜』
ギャグ漫画：赤塚不二夫、谷岡ヤスジ、山上たつひこらの作品
動物漫画：ディズニー作品、『ジャングル大帝』
PR漫画：一峰大二作品
薀蓄漫画：『包丁人味平』
老人向漫画：『妻をめとらば』、『課長島耕作』

2巻以降は、出版社への持ち込みやデビュー後の難題への対処法が描かれています。

まんがのパターン分析

本作では、漫画にありがちなパターンを分析し、独自の用語で表現しています。

メガネくん：少年漫画で主役の影に隠れる目立たないキャラクター。読者と作品世界を繋ぐ役割を果たす。
強い奴のインフレ：少年漫画のバトルで、敵が強くなっていく現象。
特訓：派手であれば良いという、少年漫画の特訓シーンの描写。
少女漫画における出会い演出：食パンを咥えたヒロインが、転校生とぶつかるという典型的なパターン。
エロコメ：青年漫画におけるエッチなハプニングを題材にしたラブコメ。本作が初出の用語。
レディコミ・テトリス理論：レディースコミックにおける、主人公の欲望が満たされていく過程。
庶民の良識：風刺漫画において、権力は悪く、昔は良かったという二種類の考え方。
一発ギャグ：ギャグ漫画で、脈絡のない唐突なギャグシーン。本作が初出の用語。
イヤボーンの法則：エスパー漫画で、ヒロインがピンチに陥ると能力が覚醒するパターン。
漫画作品のテーマ：漫画を描く上で、テーマは後付けでも良いという考え。

とんち番長

劇中劇として登場する『とんち番長』は、相原弘治と竹熊健太郎が「少年スピリッツ」で連載した漫画作品という設定です。とんち番長とその仲間たちが、様々な番長ととんちで対決するという内容です。物語が進むにつれて、黒とんち教団との対決が描かれ、アニメ化もされました。アニメ化にあたり、声優や主題歌が原作者の意向に反して制作されたことにも不満を抱いていました。しかし、アニメ化を機に人気は爆発し、巨額のキャラクター使用料を得て豪邸を建てました。

しかし、物語が進むにつれて、人気が低迷し、迷走を続け打ち切りとなりました。その後、再デビューを試みるもうまくゆかず、漫画業界の規制強化もあり、漫画家としての道は厳しくなっていくという結末を迎えます。

登場人物

とんち番長：幼少時に黒とんち教団にさらわれたが、白とんちに目覚めた主人公。とんちをひらめく際に、「と」「ん」「ち」のポーズを取ります。
一休（いっきゅう）：とんち番長の舎弟。黒とんちに対してストレートな答えを出すことが多く、ひどい目に遭うが不死身です。
彦一（ひこいち）：とんち番長の舎弟。時間と空間を無限に使う非現実的な答えを出す。
吉四六（きっちょむ）：とんち番長の舎弟。状況整理が得意だが、実は女性。連載途中で性別が変更されました。
とんち道人：黒とんち教団が最も恐れる老人。白とんち族の生き残り。
意味なし番長：黒とんち教団の主宰で、とんち番長の父。問いに対して意味のない行動で答える。
とんち番長（2代目）：第2部以降の主人公。初代とんち番長の息子とされていたが、実は巨大宇宙人だった。

その他の展開

サルでも作れるゲーム教室：『ファミコン通信』に掲載された、ゲームの作り方を解説する記事。
サルでも撮れるテレビ番組：TBSで放送された深夜ドラマ。原作とはほとんど関連性はありません。
舞台版：2021年に舞台化。劇団気晴らしBOYZが主催。

書誌情報

『サルでも描けるまんが教室』小学館〈Big Spirits Comics〉、全3巻
『サルでも描けるまんが教室 新装版』小学館〈BIG SPIRITS COMICS SPECIAL〉、全2巻
『サルでも描けるまんが教室 サルまん 21世紀愛蔵版』小学館〈BIG SPIRITS COMICS〉、全2巻
* 『サルでも描けるまんが教室 サルまん2.0』小学館クリエイティブ〈単行本〉

備考

作中で登場した「ちんぴょろすぽーん」という言葉は、他の漫画やメディアでパロディとして使われています。また、本作で提案されたサブリミナルトーンが他の漫画で使用された例もあります。さらに、相原が予言した忍者漫画の復活は、後に『NARUTO -ナルト-|NARUTO_-ナルト-』によって実現しました。藤子・F・不二雄も本作を評価していたといいます。また、英語版サルまんに影響を受けたブライアン・リー・オマーリーが『スコット・ピルグリム』を執筆し、ハリウッドで映画化されました。その他、スピンオフ作品である「イヤーン・エッチの助」は、後に漫画化されています。

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