シネクラブ・デュ・カルティエ・ラタン

シネクラブ・デュ・カルティエ・ラタン：フランス・ヌーヴェルヴァーグの揺籃

パリのカルティエ・ラタン、活気に満ちた学生街の一角で、かつて伝説的なシネクラブが活動していました。それがシネクラブ・デュ・カルティエ・ラタンです。1948年、まだ無名だったエリック・ロメールが中心となり、毎週木曜日の夜、熱心な若者たちが集まりました。

ロメールは当時、パリのリセ（高校）で教鞭をとる20代の教師でした。彼の教え子たちが中心となり始めたこのシネクラブは、セーヌ川左岸、ダントン通りで上映会を開催。ロメールは上映作品の解説を務め、熱のこもった講義で聴衆を魅了しました。上映作品は、1930年代のアメリカ映画を中心に、多様な作品が選ばれていました。単なる映画鑑賞会ではなく、熱気と知的な刺激に満ちた場だったのです。

このシネクラブの特筆すべき点は、後にフランス映画界を代表する巨匠となる若者たちが集まっていたことです。ジャン＝リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、ジャック・リヴェットといった、ヌーヴェルヴァーグを代表する監督たちが、まだ十代、二十代だった頃、この場所で映画について語り合い、切磋琢磨していたのです。彼らの才能は、すでにこのシネクラブの中で開花し始めていました。

シネクラブ・デュ・カルティエ・ラタンは、単なる上映会にとどまらず、映画についての議論や批評が活発に行われる場でもありました。参加者たちは、映画を深く理解し、独自の視点で映画について語り合いました。こうした活発な議論が、後のヌーヴェルヴァーグの隆盛に繋がったと言えるでしょう。

興味深いことに、アンドレ・バザンやジャン＝ジョルジュ・オリオールらが1948年に設立した「オブジェクティフ49」というシネクラブも、この上映会に深く関わっていました。「オブジェクティフ49」は、ジャン・コクトーを会長に迎えた、錚々たるメンバーを擁するシネクラブでした。彼らもまた、若い世代の情熱に共鳴し、シネクラブ・デュ・カルティエ・ラタンに参加していたのです。世代を超えた交流が、このシネクラブの活気ある雰囲気をさらに高めていたと言えるでしょう。

1950年には、ロメールが編集長を務める機関誌『ラ・ガゼット・デュ・シネマ』が創刊されました。ゴダールやリヴェットも寄稿し、現代映画について鋭い批評を展開しました。この雑誌は5号で廃刊となりますが、その活動は、翌年に創刊された映画誌『カイエ・デュ・シネマ』へと受け継がれていきます。『カイエ・デュ・シネマ』は、バザンやジャック・ドニオル＝ヴァルクローズらによって創刊され、後のヌーヴェルヴァーグの理論的基盤を築きました。

シネクラブ・デュ・カルティエ・ラタンには、ソルボンヌ大学やIDHEC（現Fémis）に留学していたエルネスト・ド・スーザも参加していました。彼は後にポルトガルに戻り、シネクラブ運動を組織し、イタリアのネオレアリズモやフランスのヌーヴェルヴァーグの影響を受けた「シネマ・ノーヴォ」運動の中心人物となりました。

シネクラブ・デュ・カルティエ・ラタンのメンバーには、上記以外にもフランシス・ブーシェがおり、クロード・シャブロルも在籍したという説があります。これらの才能豊かな若者たちが集い、切磋琢磨したこのシネクラブは、フランス映画史、ひいては世界映画史においても、重要な役割を果たしたと言えるでしょう。その存在は、ヌーヴェルヴァーグという革命的な映画運動の胎動を象徴するものであり、後の映画界に計り知れない影響を与えたのです。ダントン通りという、パリの街角の一室から始まったこのシネクラブの物語は、映画史に輝く、永遠の輝きを放ち続けることでしょう。

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