ジズヤ

ジズヤ：イスラム帝国における非ムスリムへの人頭税

ジズヤ (jizya) は、イスラム帝国において非ムスリム住民（ズィンミー）に課せられた人頭税です。単なる税金ではなく、イスラム支配下における非ムスリムの地位や社会構造を理解する上で重要な要素であり、その歴史的経緯や課税方法、社会への影響について見ていきましょう。

ジズヤの起源と歴史的変遷

イスラム初期、ジズヤはイスラム政権の保護を受けるズィンミーからの貢納を広く指していました。地域差はありましたが、地租と人頭税を合わせたものでした。しかし、ウマイヤ朝末期以降、イスラムへの改宗者が増加すると、ジズヤはズィンミーへの人頭税、ハラージュは地租と明確に区別されるようになりました。これは、イスラム政権によるズィンミーへの「庇護」に対する対価としての性格が強まったことを意味します。

ウマイヤ朝では、改宗したペルシア人など、アラブ系ムスリムとの税負担の不平等に不満を持つ者もいました。そのため、カリフ・ウマル2世はズィンミーのイスラム改宗を奨励するため、マワーリー（非アラブ系改宗者）へのジズヤ徴収停止を図りました。しかし、この政策は税収減に繋がり、割礼を改宗の証とする提案もなされましたが、ウマル2世はこれを拒否しています。

アッバース革命後は「神の前におけるムスリムの平等」が謳われ、非アラブ人に対する税制上の差別は撤廃されました。ムスリムであればアラブ系・非アラブ系を問わずジズヤは免除され、土地所有者にはハラージュが課されるようになりました。ジズヤは非ムスリムへの税金となり、ムガル帝国のアクバル帝はヒンドゥー教徒の宥和政策として一時廃止しましたが、アウラングゼーブ帝は復活させています。

ジズヤの課税対象と金額

11世紀の法学者マーワルディーによると、ジズヤの課税対象はズィンミー身分の健康な成人男性でした。女性、子供、奴隷、精神異常者は免除されました。老人や病人、貧困者については議論があり、マーワルディーは貧困者を除き課税されると述べていますが、免除とする説もありました。

ジズヤの金額は法学派によって異なり、ハナフィー学派では富裕層から48ディルハム、中流層から24ディルハム、下層階級から12ディルハムと定められていました。他の学派では、最高額は支配者の裁量に委ねられていました。現代のサウジアラビアでは、月700～800リヤルとされています。

ジズヤの納税と社会への影響

ジズヤは単なる経済的負担を超え、非ムスリムの屈辱とイスラム政権への服従の証でした。納税の際には、公衆の面前で暴力や侮辱を受けるケースもあり、これはイスラム教徒の優越性を示すデモンストレーションの意味合いを持っていました。しかし、アブー・ウバイドやアブー・ユースフのような学者の中には、ジズヤの課税がズィンミーの経済能力を超えるべきではない、また、侮辱的な徴収方法に反対する意見もありました。

ジズヤによる経済的負担と社会的不平等は、多くのズィンミーが他地域への逃亡やイスラムへの改宗を選択する原因となりました。一方で、ジズヤが重要な税収源であったため、イスラム政権がムスリムへの改宗を積極的に奨励しない状況も生まれました。これはレコンキスタやオスマン帝国へのユダヤ人流入にも影響を与えたと考えられています。

現代のサウジアラビアでは、他の税と同じく事務的に徴収されていますが、一部のイスラム原理主義団体は、シャリーアに基づく国家樹立を主張し、非ムスリムへのジズヤ復活を唱えています。ISILによるキリスト教徒への人頭税要求も、この流れと関連付けて指摘されています。

まとめ

ジズヤは、イスラム帝国の歴史、社会構造、宗教と政治の関係を理解する上で欠かせない概念です。単なる税制の問題ではなく、宗教、社会、政治が複雑に絡み合った歴史的現象として、多角的な視点から考察する必要があります。現代社会においても、ジズヤをめぐる議論は、イスラム世界の政治状況や国際関係を考える上で重要な視点であり続けるでしょう。

もう一度検索