ジャーティ

ジャーティ：インド社会の階層構造を支える共同体

インド亜大陸の社会構造を理解する上で欠かせない概念のひとつに「ジャーティ」があります。ジャーティとは、血縁、地縁、職業といった要素が複雑に絡み合った、排他的な社会集団です。ヒンドゥー教社会においては、カースト制度の基礎単位として、人々の日常生活に深く関与してきました。

ジャーティの定義と特徴

「ジャーティ」はサンスクリット語で「出自」「生まれ」を意味します。現代インドにおいても、多くのヒンドゥー教徒は、自分がいずれかのジャーティに属するという意識を持っています。ジャーティは、内婚集団として機能し、成員は同じジャーティの者との結婚を義務づけられ、水や食物のやり取り、共食もジャーティの範囲内で制限されます。また、ジャーティは伝統的に特定の職業と結びついており、多くの場合、職業は世襲されます。ネパールでは、インドのジャーティに相当する社会集団を「ジャート」と呼び、民族という意味でも用いられています。

ジャーティの枠組みとヴァルナとの関係

ジャーティは、バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの4つのヴァルナ（種姓）と並んで、カースト制度を構成する重要な要素です。ヴァルナが社会の大枠を示すのに対し、ジャーティは「壺つくり」「清掃」「羊飼い」など、より具体的な職業や内婚集団を基に区分され、その数は数千ともいわれています。ほとんどのジャーティは、4ヴァルナのいずれかに帰属しており、ヴァルナとジャーティの間には、内婚、職業、上下関係といった共通点が見られます。ただし、ヴァルナの枠組みに属さない不可触民も存在します。

ジャーティの序列は、人格や専門性ではなく、職業上触れる物の浄・不浄の度合いで決定されると考えられてきました。汚物清掃人や皮なめし職人などは、不浄なものに触れる機会が多いことから、低い地位に位置づけられてきました。

ジャーティの起源に関する諸説

ジャーティの起源については、様々な説が存在します。アーリア人のインド侵入とヴァルナの細分化を起源とする説、中世の身分制度から発生したとする説、古代の氏族組織が変化したとする説など、複数の説が提唱されています。これらの説は互いに排他的ではなく、相互補完的な側面も持っています。

紀元前1500年頃のアーリア人の侵入を起源とする説では、アーリア人がドラヴィダ系の先住民との混血を避け、ヴァルナ制度を設けたことが、ジャーティ制度の始まりだと考えられています。職業差別や婚姻制限が加わり、階層分化が進んだというわけです。一方、ジャーティをヴァルナとは別に発生したものと捉え、中世の世襲制や氏族制度との関連性を重視する説もあります。また、村落社会の自給自足的な経済構造の成立も、ジャーティ形成に影響を与えたと考えられています。

さらに、近年の研究では、古代のサンスクリット語に見られる「ジャナ」（部族）がジャーティへと変化したという見方も示されています。この過程において、食物の生産や摂取に関する規制の変化が、共食や婚姻の範囲を制限し、新たな禁忌を生み出したと考えられています。

ジャーティの機能と社会秩序

ジャーティは、成員の結婚、食事、職業といった様々な側面を規制する機能を持っています。ジャーティは「生まれ」によって決定され、原則として一生変更できません。ジャーティの規範に違反すると、追放される可能性があり、これはインド社会においては破滅的な意味を持っていました。

ジャーティは、世襲的な職業と結びついており、他のジャーティの者がその職業に就くことは許されませんでした。ただし、農業だけはすべてのジャーティに開放されていました。また、浄・不浄の観念に基づき、他のジャーティとの水や食物のやり取りが厳しく制限されていました。

ジャーティの自治機能と分業体制

各ジャーティには独自の慣行や掟があり、違反者に対しては罰金や追放といった制裁が科せられました。これらの掟は、ジャーティ内の結束と社会的地位の維持に不可欠でした。個人の自由は制限されましたが、ジャーティに属する限り、最低限の生活は保障されていました。

伝統的な村落社会では、複数のジャーティが共存し、分業体制が成り立っていました。例えば、職人は村の成員にサービスを提供する代わりに、収穫物の一定割合を受け取っていました。このような相互関係は、北インドでは「ジャジマーニー制」と呼ばれていました。

ジャーティの変容と現代社会

都市化、近代化、産業化の進展は、ジャーティ制度に大きな影響を与えています。職業選択の自由度が高まり、世襲的な職業継承の慣習は弱まってきました。また、公共交通機関の発達や飲食店の多様化により、異なるジャーティとの接触機会が増え、従来の浄・不浄の観念は変化しつつあります。

近年では、ジャーティによる序列が政治経済的な上下関係と必ずしも一致しないケースも出てきています。反バラモン運動などによって、中位の集団が上昇したり、不可触民から村長が選出される例もあります。

独立後のインド憲法では、カースト差別が禁止され、不可触民や部落民のための保護政策が実施されています。ジャーティ制度はかつてのような機能を果たさなくなっていますが、特に農村部では、依然として強い影響力を持っています。

ジャーティを支える要因

ジャーティ制度を支えてきた要因としては、社会経済的要因と倫理宗教的要因が挙げられます。社会経済的には、前近代において生産力を向上させ、維持する役割を果たしていた点、特殊技能の高度化に貢献していた点、自給自足経済に適応していた点が挙げられます。支配者層にとっても都合の良い制度だったため、ヒンドゥー王朝の支配者やムガル帝国などもこれを維持しました。

倫理宗教的には、ヒンドゥー教の浄・不浄観念や業・輪廻思想が重要な役割を果たしました。浄・不浄の観念は、職業や慣行の評価基準となり、バラモンを頂点とする序列を生み出しました。また、輪廻の思想は、現世の階層や職業に尽くすことが来世の幸福につながると考えられており、この考え方がジャーティ制度を支えていました。

結論

ジャーティは、インド社会の複雑な歴史と文化を反映した、多層的な社会構造です。現代社会においても、ジャーティは完全に消滅したわけではなく、依然として社会に影響を与えています。その変容と課題を理解することは、インド社会を理解する上で不可欠です。

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