ジョヴァンニ・パチーニ
ジョヴァンニ・パチーニ（1796年2月11日 - 1867年12月6日）は、19世紀イタリアの主要な作曲家であり、特にオペラの分野で多大な業績を残しました。シチリア島のカターニアに生まれたパチーニは、ブッフォ歌手であった父ルイージ・パチーニを持ち、幼い頃から音楽に囲まれた環境で育ちました。一家は本来トスカーナ州を拠点としていましたが、偶然カターニア滞在中にジョヴァンニが誕生したと言われています。
パチーニが生涯に作曲したオペラは74作品に上ります。これは、彼の活躍した時代にイタリア・オペラ界を支配していたジョアキーノ・ロッシーニ（41作品）や、バロック期のゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル（43作品）と比較しても非常に多作であり、ガエターノ・ドニゼッティと共に歴史上最も多くのオペラを手がけた作曲家の一人として記憶されています。
パチーニの初期のキャリアは、まさにロッシーニ全盛期と重なります。彼自身、後年に執筆した回顧録『Memoirs』の中で、当時の自身のオペラが「かなり外面的」であったことを率直に認めています。また、ロッシーニの圧倒的な才能と影響力について、「誰もが同じ楽派、同じ流行に右へ倣えした結果、彼らは皆、偉大な指導者の模倣に陥ってしまった」と記し、もし自分がペーザロ出身の巨匠の信奉者だったなら、他の誰もがそうだっただろうと述べるなど、ロッシーニの実力を深く認識していました。
1824年にロッシーニがパリへと活動拠点を移した後、パチーニはジャコモ・マイアベーア、ヴィンチェンツォ・ベッリーニ、ドニゼッティ、サヴェリオ・メルカダンテといった同時代の作曲家たちと共に、イタリア・オペラの様式に変革をもたらし始めます。彼らは、ベルカント唱法を新たな方向へと導くと同時に、管弦楽法をより重厚にし、声楽における装飾的なコロラトゥーラ、特に男声におけるそれを削減しました。代わりに、登場人物の感情や情念の表現により大きな重点が置かれるようになります。役柄の割り振りにも変化が見られ、ロッシーニの時代には女性アルトやメゾソプラノが担うことの多かったロマン的な主役はテノールに、テノールが悪役を演じることが多かったのがバス、そしてバリトンへと移行していきました。劇的な要素が以前より重視されるようになったのです。こうした変革においてパチーニが果たした指導的な役割は、近年ようやく評価されるようになってきています。パチーニやニコラ・ヴァッカイといった作曲家が、これまで考えられていた以上にベッリーニへ強い影響を与えたことは、今日ほとんど疑いの余地がありません。この様式変化の証拠は、ヴァッカイの『Giulietta e Romeo』とパチーニの『L'Ultimo giorno di Pompei』（いずれも1825年）という鍵となる二つの作品の復権に見ることができます。
パチーニは『Il Barone di Dolsheim』、『La sposa fedele』、『La schiava in Bagdad』（いずれも1818年から1820年作曲）といった比較的小規模なオペラで初期の成功を収め、イタリアでも有数の作曲家としての地位を確立しました。さらに『Alessandro nelle Indie』、『Amazilia』、そして画期的な『L'Ultimo giorno di Pompei』といった作品の連続的な成功が、彼の名声を一層高めました。『Alessandro nelle Indie』では、主役のテノールが、従来のバリトン的な声質のアンドレア・ノッツァーリから、ミラノでの再演時に軽い声のジョヴァンニ・ダヴィッドに変更されたことは、パチーニが目指した新たな方向性を示す出来事でした。『Arabi nelle Gallie』は世界各地の主要な劇場で上演され、パチーニの作品として初めてアメリカ大陸に渡りました。この作品はイタリア国内でも頻繁に再演され、ベッリーニの最初の成功作『海賊』がテアトロ・アラ・スカラで『Arabi nelle Gallie』の公演回数を超えるのは、1830年になってからのことでした。一般的にはあまり知られていませんが、1820年代のイタリア・オペラ界において、ロッシーニと最も激しい競争を繰り広げていたのは、ドニゼッティやメルカダンテ、ベッリーニではなく、まさにジョヴァンニ・パチーニだったのです。
その後作曲された多くのオペラは、現在では残念ながら完全に忘れ去られてしまっています。しかし、その中の一つである『Il corsaro』は、ピアノ伴奏版ながらも2004年に173年ぶりに蘇演され、話題となりました。この作品は、後にジュゼッペ・ヴェルディが作曲した同名のオペラとは多くの点で異なり、主役のコッラードがアルト（ムジーコ）の役で、悪役のセイドがテノールであるなど、声域の扱いにも当時の特徴が見られます。
しかしながら、パチーニの名声は、まずベッリーニに、続いてドニゼッティに凌駕されるようになります。1835年の『Carlo di Borgogna』をはじめとするパチーニの後期オペラは失敗が続きました。パチーニ自身、この状況を誰よりも早く認識し、回顧録に「自分がこの世界から引退せねばならないと気付き始めた。ベッリーニ、あの神々しいベッリーニは私を超越している」と率直に記しています。彼は数年間、ナポリのサン・カルロ劇場の支配人を務めた後、ヴィアレッジョに引退して音楽学校を設立し、作曲活動から5年間距離を置きました。この間にイタリア・オペラの現状を熟考し、回顧録を書き上げたのです。サヴェーリオ・メルカダンテが同様にこの時期のオペラの長所と欠点を再評価してスタイルを変化させたのと同様に、パチーニも後に作曲を再開する際に新たなアプローチを取り入れることになります。
作曲活動を再開したパチーニは、一度は再び挫折を味わいますが、やがて『Saffo』で大きな成功を収め、再び栄光の時期を迎えます。この頃にはドニゼッティはパリへ移り、ベッリーニは他界しており、メルカダンテの主要な成功作もパチーニに及ばず、重要な競争相手はヴェルディのみとなっていました。この復権期におけるパチーニの成功作には、『La fidanzata corsa』、『Maria, regina d'Inghilterra』、『Medea』、『Lorenzino de' Medici』、『Bondelmonte』、『Stella di Napoli』、そして『La regina di Cipro』などが挙げられます。『Allan Cameron』は、後のイングランド王チャールズ2世の幼少期を描いた作品として特筆されます。対照的に、同時期にヴェルディは既に『ナブッコ』、『十字軍のロンバルディア人』、『エルナーニ』といった傑作を次々と発表しており、確実にパチーニを追い越していきました。
この復権期の名声はしばらく続きましたが、緩やかにその輝きを失っていきます。以降の作品では、『La punizione』、『Il saltimbanco』、『Niccolò de' Lapi』がそこそこの成功を収めたに過ぎませんでした。
ジョヴァンニ・パチーニは1867年12月6日、トスカーナ州のペーシャにて波乱に満ちた生涯を終えました。彼は生涯を通じて、時代の潮流の中で自己変革を試みながら、70作品を超える質の高いオペラを生み出し続けた、19世紀イタリア・オペラ史において欠かせない作曲家です。
パチーニが生涯に作曲したオペラは74作品に上ります。これは、彼の活躍した時代にイタリア・オペラ界を支配していたジョアキーノ・ロッシーニ（41作品）や、バロック期のゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル（43作品）と比較しても非常に多作であり、ガエターノ・ドニゼッティと共に歴史上最も多くのオペラを手がけた作曲家の一人として記憶されています。
パチーニの初期のキャリアは、まさにロッシーニ全盛期と重なります。彼自身、後年に執筆した回顧録『Memoirs』の中で、当時の自身のオペラが「かなり外面的」であったことを率直に認めています。また、ロッシーニの圧倒的な才能と影響力について、「誰もが同じ楽派、同じ流行に右へ倣えした結果、彼らは皆、偉大な指導者の模倣に陥ってしまった」と記し、もし自分がペーザロ出身の巨匠の信奉者だったなら、他の誰もがそうだっただろうと述べるなど、ロッシーニの実力を深く認識していました。
1824年にロッシーニがパリへと活動拠点を移した後、パチーニはジャコモ・マイアベーア、ヴィンチェンツォ・ベッリーニ、ドニゼッティ、サヴェリオ・メルカダンテといった同時代の作曲家たちと共に、イタリア・オペラの様式に変革をもたらし始めます。彼らは、ベルカント唱法を新たな方向へと導くと同時に、管弦楽法をより重厚にし、声楽における装飾的なコロラトゥーラ、特に男声におけるそれを削減しました。代わりに、登場人物の感情や情念の表現により大きな重点が置かれるようになります。役柄の割り振りにも変化が見られ、ロッシーニの時代には女性アルトやメゾソプラノが担うことの多かったロマン的な主役はテノールに、テノールが悪役を演じることが多かったのがバス、そしてバリトンへと移行していきました。劇的な要素が以前より重視されるようになったのです。こうした変革においてパチーニが果たした指導的な役割は、近年ようやく評価されるようになってきています。パチーニやニコラ・ヴァッカイといった作曲家が、これまで考えられていた以上にベッリーニへ強い影響を与えたことは、今日ほとんど疑いの余地がありません。この様式変化の証拠は、ヴァッカイの『Giulietta e Romeo』とパチーニの『L'Ultimo giorno di Pompei』（いずれも1825年）という鍵となる二つの作品の復権に見ることができます。
パチーニは『Il Barone di Dolsheim』、『La sposa fedele』、『La schiava in Bagdad』（いずれも1818年から1820年作曲）といった比較的小規模なオペラで初期の成功を収め、イタリアでも有数の作曲家としての地位を確立しました。さらに『Alessandro nelle Indie』、『Amazilia』、そして画期的な『L'Ultimo giorno di Pompei』といった作品の連続的な成功が、彼の名声を一層高めました。『Alessandro nelle Indie』では、主役のテノールが、従来のバリトン的な声質のアンドレア・ノッツァーリから、ミラノでの再演時に軽い声のジョヴァンニ・ダヴィッドに変更されたことは、パチーニが目指した新たな方向性を示す出来事でした。『Arabi nelle Gallie』は世界各地の主要な劇場で上演され、パチーニの作品として初めてアメリカ大陸に渡りました。この作品はイタリア国内でも頻繁に再演され、ベッリーニの最初の成功作『海賊』がテアトロ・アラ・スカラで『Arabi nelle Gallie』の公演回数を超えるのは、1830年になってからのことでした。一般的にはあまり知られていませんが、1820年代のイタリア・オペラ界において、ロッシーニと最も激しい競争を繰り広げていたのは、ドニゼッティやメルカダンテ、ベッリーニではなく、まさにジョヴァンニ・パチーニだったのです。
その後作曲された多くのオペラは、現在では残念ながら完全に忘れ去られてしまっています。しかし、その中の一つである『Il corsaro』は、ピアノ伴奏版ながらも2004年に173年ぶりに蘇演され、話題となりました。この作品は、後にジュゼッペ・ヴェルディが作曲した同名のオペラとは多くの点で異なり、主役のコッラードがアルト（ムジーコ）の役で、悪役のセイドがテノールであるなど、声域の扱いにも当時の特徴が見られます。
しかしながら、パチーニの名声は、まずベッリーニに、続いてドニゼッティに凌駕されるようになります。1835年の『Carlo di Borgogna』をはじめとするパチーニの後期オペラは失敗が続きました。パチーニ自身、この状況を誰よりも早く認識し、回顧録に「自分がこの世界から引退せねばならないと気付き始めた。ベッリーニ、あの神々しいベッリーニは私を超越している」と率直に記しています。彼は数年間、ナポリのサン・カルロ劇場の支配人を務めた後、ヴィアレッジョに引退して音楽学校を設立し、作曲活動から5年間距離を置きました。この間にイタリア・オペラの現状を熟考し、回顧録を書き上げたのです。サヴェーリオ・メルカダンテが同様にこの時期のオペラの長所と欠点を再評価してスタイルを変化させたのと同様に、パチーニも後に作曲を再開する際に新たなアプローチを取り入れることになります。
作曲活動を再開したパチーニは、一度は再び挫折を味わいますが、やがて『Saffo』で大きな成功を収め、再び栄光の時期を迎えます。この頃にはドニゼッティはパリへ移り、ベッリーニは他界しており、メルカダンテの主要な成功作もパチーニに及ばず、重要な競争相手はヴェルディのみとなっていました。この復権期におけるパチーニの成功作には、『La fidanzata corsa』、『Maria, regina d'Inghilterra』、『Medea』、『Lorenzino de' Medici』、『Bondelmonte』、『Stella di Napoli』、そして『La regina di Cipro』などが挙げられます。『Allan Cameron』は、後のイングランド王チャールズ2世の幼少期を描いた作品として特筆されます。対照的に、同時期にヴェルディは既に『ナブッコ』、『十字軍のロンバルディア人』、『エルナーニ』といった傑作を次々と発表しており、確実にパチーニを追い越していきました。
この復権期の名声はしばらく続きましたが、緩やかにその輝きを失っていきます。以降の作品では、『La punizione』、『Il saltimbanco』、『Niccolò de' Lapi』がそこそこの成功を収めたに過ぎませんでした。
ジョヴァンニ・パチーニは1867年12月6日、トスカーナ州のペーシャにて波乱に満ちた生涯を終えました。彼は生涯を通じて、時代の潮流の中で自己変革を試みながら、70作品を超える質の高いオペラを生み出し続けた、19世紀イタリア・オペラ史において欠かせない作曲家です。
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