ジローラモ・ディルータ

ジローラモ・ディルータ（Girolamo Diruta、1554年頃 – 1610年以降）は、ルネサンス末期からバロック初期にかけて活動したイタリアの作曲家、音楽理論家、そして高名なオルガン奏者および教師です。特に、彼の著作は鍵盤楽器、とりわけオルガンの奏法理論の発展に寄与し、また対位法教育においても重要な位置を占めています。

生涯

ディルータは、イタリア中部の都市ペルージャ近郊にあるデルータの町で生まれたとされています。しかし、その活動の絶頂期を除けば、彼の生涯についてはほとんど知られていません。判明している事柄として、1574年にフランシスコ会の修道士となったこと、そして1580年には当時の音楽の中心地であったヴェネツィアへ赴いたことが挙げられます。ヴェネツィアでは、著名な音楽家たち、例えばクラウディオ・メールロ、ジョゼッフォ・ツァルリーノ、そして同じくフランシスコ会士であったコスタンツォ・ポルタと交流し、彼らに師事した可能性が高いと考えられています。特にメールロは、1580年代にディルータのために書いた紹介状の中で、彼を自身の最も優れた弟子の一人であると高く評価しています。

各地でオルガン奏者として活躍した記録も残っており、1593年までにはキオッジャの聖堂で、1609年にはグッビオの聖堂でオルガニストを務めていたことがわかっています。彼の存在が最後に確認できるのは1610年で、この年に彼の主著『トランシルヴァニア人』の第二部を、フィレンツェ大公フェルディナンド1世・デ・メディチの姪にあたるレオノーラ・オルシーニ・スフォルツァに献呈しています。しかし、この年以降、ディルータに関する記録は一切見つかっておらず、その晩年や没年については不明のままです。

主要な業績と作品

ディルータの音楽史における最も重要な貢献は、二部構成からなる理論書『トランシルヴァニア人』（Il Transilvano）に集約されます。第一部は1593年、第二部は1609年から1610年にかけてヴェネツィアで出版されました。この著作は、ディルータが当時ヴェネツィアで出会ったトランシルヴァニアからの外交使節イシュトバン・デ・ヨシーカとの対話という独特の形式で書かれています。内容は、オルガン奏法、対位法、作曲法に及びます。

『トランシルヴァニア人』が実践的な鍵盤楽器の演奏理論において特筆されるのは、初めてオルガン固有の奏法を他の鍵盤楽器（例えばチェンバロやクラヴィコード）の奏法と明確に区別して論じた点にあります。また、一貫した運指法を確立しようとした最初期の試みとしても注目されます。ただし、ディルータが提案した運指法は現代の一般的なものとは大きく異なり、例えばハ長調の音階を演奏する際に親指を使用せず、中指を薬指の上に交差させるような独特の方法を示しています。

対位法に関しては、後のヨハン・ヨーゼフ・フックスによる厳格対位法の分類に先駆けて、様々な「種類」の対位法（例：1音符対1音符、1対2、シンコペーションを含む移勢、1対4など）を提示しました。しかし、フックスの理論が極めて厳格であったのに対し、ディルータの対位法はより自由で、即興的な要素を含んでいます。例えば、反進行を必須とせず、完全協和音程の連続を認めるなど、比較的緩やかな規則を採用しています。この柔軟な対位法理論は、メールロなどの同時代の作曲家によるトッカータやファンタジアといった鍵盤楽曲に見られる実際の音楽様式を反映したものと言えるでしょう。

ディルータは、自身の作曲した作品の多くをこの『トランシルヴァニア人』の中に収めています。これらの作品は、主に教育的な目的のために書かれ、特定の装飾法や技術的に難易度の高い奏法を示す意図が込められています。そのため、これらは初期の練習曲（エチュード）の例として位置づけることができます。

全体として、ジローラモ・ディルータは、特にオルガンという楽器に特化した奏法理論を体系化し、実践的な対位法と作曲法を提唱した音楽理論家として、後世の鍵盤音楽の発展に重要な足跡を残しました。

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