スロースリップ

スロースリップ（ゆっくりすべり）とは

スロースリップは、地震学で使われる用語で、通常の地震に比べて非常にゆっくりとした速度で断層が滑る現象を指します。この現象は、「スローイベント」「スロー地震」「ゆっくり地震」「ぬるぬる地震」などとも呼ばれます。主に海溝などの沈み込み帯で見られますが、プレート内部の断層面でも発生することがあります。

スロー地震の種類

「スロー地震」は、断層がゆっくりと滑る現象の総称として使われます。スロー地震には、以下のような様々なタイプがあります。

低周波地震: 地震動の周波数が通常の地震に比べて低いのが特徴です。
低周波微動: 地震動が微弱で、継続時間が非常に長いのが特徴です。
超低周波地震: 周期が10秒から100秒と非常にゆっくりとした地震動です。
短期的スロースリップイベント: 数日間続くスロースリップです。
長期的スロースリップイベント: 数ヶ月から数年続くスロースリップです。

これらのスロー地震は、地震計やGPS、ひずみ計などで観測されます。

スロースリップの発生メカニズム

スロースリップは、プレートの境界面で発生します。海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む場所（沈み込み帯）では、プレート同士が密着して動かない「固着域」と呼ばれる領域があります。この固着域の周辺で、プレートがゆっくりと滑る現象がスロースリップです。

固着域は、ひずみを溜め込み、地震の際に一気にずれ動きます。固着域の周りには、スロースリップを起こしながら沈み込む「スロースリップ発生域」があります。さらに深いところには、安定して沈み込む「安定すべり領域」があります。

スロースリップの物理モデル

断層面の摩擦を考慮すると、固着域は不安定な滑り（地震）、スロースリップ発生域は準静的な不安定滑り（スロースリップ）、安定すべり域は安定した滑りを起こすとモデル化できます。

ただし、現実の沈み込み帯では、どのような地質環境や変形メカニズムがスロースリップを引き起こしているのか、まだ解明されていません。プレート境界の高圧な水がスロースリップに関与していると考えられていますが、その具体的なメカニズムは不明です。

スロー地震の同時発生現象

スロースリップと、他のスロー地震や通常の地震が同時に発生することがあります。例えば、

Episodic tremor and slip (ETS): 短期的スロースリップと低周波微動が同時に発生する現象です。
短期的スロースリップと群発地震が同時に発生することもあります。
低周波微動と群発地震が同時に発生することもあります。

これらの同時発生現象は、スロースリップと地震の関係を理解する上で重要な手がかりとなります。

スロースリップと地震予知

スロースリップが、固着域に影響を与えて大地震を誘発する可能性があると考えられています。スロースリップが発生するたびに、固着域に応力が加わるからです。

過去には、スロースリップが発生した後に、大地震が発生した事例もあります。

2011年の東北地方太平洋沖地震の前には、震源域内部でスロースリップが発生していました。
2014年のチリ・イキケ地震の前にも、震源域周辺でスロースリップが発生していました。

ただし、現時点では、スロースリップの発生状況から、地震の発生時期や規模を正確に予測することは困難です。

スロー地震の分類

スロー地震は、その時間スケールに応じて、以下の5つに分類されます。

1. 低周波地震
2. 低周波微動
3. 超低周波地震
4. 短期的スロースリップイベント
5. 長期的スロースリップイベント

これらのスロー地震は、深さによって浅部スロー地震と深部スロー地震に区別されることもあります。

スロースリップに類似する現象

スロースリップに類似する現象として、以下のようなものがあります。

津波地震: 地震動が小さいわりに巨大な津波が発生する地震です。断層のずれがゆっくりである点でスロー地震と共通しますが、継続時間が短いため、スロー地震には含まれません。
アフタースリップ: 大地震後に発生するゆっくりとした滑りです。これも、継続時間が短いため、スロー地震には含まれません。
プレスリップ: 大地震の前に発生するゆっくりとした滑りです。スロー地震との関係はまだ議論中です。

スロースリップの発生域の例

スロースリップは、様々な場所で発生しており、その特徴は地域によって異なります。以下に、日本周辺の主なスロースリップ発生域と、そこで観測されたスロー地震の最初の報告を紹介します。

日本[[海溝]]

三陸沖（岩手県沖）: 1995年にスロースリップが初めて報告されました。2015年には超低周波地震が、2019年には低周波微動が初めて報告されました。
三陸沖（宮城県沖）: 2011年の東北地方太平洋沖地震の前にスロースリップが観測されました。2015年には超低周波地震が、2019年には低周波微動が初めて報告されました。
福島県沖: 2015年に超低周波地震が、2019年に低周波微動が初めて報告されました。
茨城県沖: 2019年に低周波微動が、2020年に超低周波地震が、2021年に短期的スロースリップイベントが初めて報告されました。
房総半島東方沖: 2000年にスロースリップイベントが初めて報告されました。2019年には低周波微動と短期的スロースリップイベントが報告されました。

千島[[海溝]]

十勝沖: 2008年に超低周波地震が、2019年には低周波微動が初めて報告されました。

相模トラフ

房総半島沖: 1997年にスロースリップイベントが初めて報告されました。東京湾の直下でもスロースリップが報告されています。

南海トラフ

東海地域: 2000年に低周波地震が報告され、2002年に深部低周波微動が初めて発見されました。2006年には短期的スロースリップイベントが報告されました。長期的スロースリップも観測されています。
東南海地域: 2000年に低周波地震が、2002年に深部低周波微動が報告されました。2005年には浅部超低周波地震が、2006年には短期的スロースリップイベントが、2009年には浅部低周波微動が、2017年には浅部短期スロースリップイベントが、2022年には短期的スロースリップイベントと微小なプレート境界群発地震の同時発生が報告されました。
南海地域: 1997年に長期的スロースリップが報告されました。2000年に低周波地震が、2002年に深部低周波微動が報告されました。2004年には短期的スロースリップイベントが報告され、2005年には浅部超低周波地震が、2014年には長期的スロースリップが、2020年には浅部SSEが報告されました。
日向灘: 2005年に浅部超低周波地震が、2013年には長期的スロースリップが、2015年には浅部低周波微動が初めて報告されました。

琉球海溝

沖縄本島: 2012年に超低周波地震が、2014年に短期的スロースリップイベントが報告されました。
八重山諸島: 2004年にスロースリップイベントが、2012年に超低周波地震が、2016年に低周波地震が報告されました。

スロースリップは、世界各地の沈み込み帯や断層帯で観測されています。

スロー地震の統一的な理解をめぐる二つの立場

スロー地震のメカニズムについては、以下の2つの立場があります。

1. 多種多様なスロー地震は異なる物理メカニズムを持つとする立場。
2. 多種多様なスロー地震は同じ物理メカニズムを持ち、規模や継続時間の違いであるとする立場。

この論争はまだ決着しておらず、現在も研究が進められています。最近では、広帯域スロー地震という概念も提唱されています。

スロースリップと地震予知

スロースリップの観測は、地震の予知に役立つ可能性があります。スロースリップが発生すると、その周辺のプレートに力が加わり、地震の発生につながることがあるからです。しかし、スロースリップと地震の関係はまだ解明されていない部分が多く、より詳しい研究が必要です。

南海トラフ地震臨時情報

気象庁は、南海トラフで異常な現象が観測された場合、南海トラフ地震臨時情報を発表します。この情報の中で、スロースリップについても言及されています。

フィクション作品に登場するスロースリップ

テレビドラマ「日本沈没-希望のひと-」では、スロースリップが関東沈没の兆候として登場します。しかし、これはフィクションであり、現実には起こり得ない現象です。

まとめ

スロースリップは、地震学的に非常に興味深い現象であり、地震発生メカニズムを理解する上で重要な役割を果たしています。今後の研究によって、スロースリップと地震の関係がさらに解明されることが期待されます。

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