セム祖語

セム祖語とは

セム祖語（Proto-Semitic）は、セム語派に属する様々な言語の共通の祖先として再構成された言語です。この言語は、紀元前3000年代には既に存在していたと考えられており、これは印欧祖語とほぼ同時期にあたります。セム語派に属する最も古い記録としては、紀元前2350年頃のアッカド人の記録や、ほぼ同時期の資料であるエブラ語の資料が挙げられます。また、紀元前1400年頃のウガリット語の記録も重要な資料です。

セム祖語の起源

セム祖語の起源については、いくつかの説が存在しますが、確定的な結論には至っていません。遊牧民の出自に関する記録からアラビア半島を原郷とする説や、アフロ・アジア語族との関連性からアフリカの角からアラビア半島へ移住したとする説が提唱されています。しかし、いずれの説も推論の域を出ておらず、今後の研究が待たれます。

音韻体系

子音

セム祖語には、29の子音が再構成されています。これらの子音はすべて長子音にすることが可能でした。サイハド語ではこの29の子音の区別を保持していますが、多くの場合、複数の子音が一つに統合されており、例えばアッカド語では18種類の子音しか区別されません。

母音

母音は、a, i, u の3つのみであり、それぞれ長母音を持つことができました。長母音は開音節にのみ現れるという特徴がありました。二重母音は音韻的には存在しませんでしたが、ay, aw のように母音に後続して子音 y, w が続く形が「二重母音」と呼ばれることもあります。

音節構造

音節構造は非常に単純で、CV、CV:、CVCの3種類しか存在しませんでした。

音価推定の改良

伝統的なセム祖語の音価推定には、摩擦音と強勢音の点で難点があることが指摘されており、これを改良するいくつかの提案がなされています。主な提案としては、

側面音説：従来śと再構されていた音を無声歯茎側面摩擦音ɬとする説
破擦音説：s, z, ṣの代わりに破擦音ts, dz, tsʼを再構する説
放出音説：強勢音を咽頭化子音ではなく放出音tʼ, (t)sʼ, θʼ, (t)ɬʼ, kʼとする説

などが挙げられます。

文法

屈折

セム祖語は屈折語であり、名詞や動詞は、主に子音の組み合わせからなる語根に母音の変化や接辞を加えることで文法的な範疇を示していました。

名詞

名詞には独立形と連語形が存在し、連語形は属格や代名詞接尾辞が続く場合に用いられました。また、男性と女性の2つの性、単数・双数・複数の3つの数、主格・属格・対格の3つの格を区別することができました。対格は副詞的な機能も果たしました。

代名詞

代名詞は、一人称、二人称、三人称、単数、双数、複数、男性、女性（一人称以外）の区別があり、独立形と接語形（主格と斜格）が存在しました。

動詞

動詞には完了形と未完了形の2つのアスペクトがあり、それぞれ異なる接頭辞と語形変化によって区別されました。完了形は「接頭辞+C1C2VC3」、未完了形は「接頭辞+C1aC2C2VC3」という形で表され、人称、性、数によって異なる接頭辞・接尾辞が加えられました。動詞からは能動分詞や完了分詞を派生させることができました。

派生動詞

語幹の子音を重ねたり接頭辞を加えることで派生動詞を作ることができ、運動詞化、使役、他[[動詞]]性の強化などの機能を持っていました。

語順

基本的な語順はVSO型（動詞-主語-目的語）であったと考えられます。ただし、アッカド語はSOV型です。

娘言語との音韻変化

セム祖語の音韻体系は、セム語派の各言語間における規則的な音素の対応を見出すために再建されたものです。各言語間での音素対応を表す表も存在し、それに基づいて祖語の音価が推定されます。

関連項目

アフロ・アジア語族
印欧祖語
セム語派

参考文献

Sáenz-Badillos, Angel (1993) [1988]. “Hebrew in the context of the Semitic Languages”. A History of the Hebrew Language (Historia de la Lengua Hebrea). trans. John Elwolde. Cambridge, U.K.: Cambridge University Press.
John Huehnergard (1995). “Semitic Languages”. Civilizations of the Ancient Near East.
John Huehnergard (2000). “Proto Semitic Language and Culture”. The American Heritage Dictionary of the English Language (4th ed.).
John Huehnergard (2004). “Afro-Asiatic”. In Roger D. Woodard. The Cambridge Encyclopedia of the World's Ancient Languages.
* Burkhart Kienast, Historische semitische Sprachwissenschaft (2001).

もう一度検索