タヌキモ属

タヌキモ属（Utricularia）

タヌキモ属は、シソ目タヌキモ科に属する植物の一群で、約226種が存在します。南極大陸を除く世界中の湖沼や湿地に分布し、水生植物と陸生植物の両方を含みます。観賞用として栽培されることも多く、食虫植物としてのユニークな生態が愛好家を惹きつけます。

概要

タヌキモ属は、水生または湿地生の植物で、その約半数が食虫植物です。陸生種は小型の捕虫嚢で原生動物などを捕獲し、水生種はより大型の捕虫嚢でミジンコやボウフラなどを捕獲します。中には、パイナップル科植物の葉腋や木の洞に生育する着生種や、1メートルを超える巨大な葉を持つ種も存在します。日本には、湿地に生えるミミカキグサ類と、水生のタヌキモ類が生息しています。

捕虫嚢のメカニズム

タヌキモ属の捕虫嚢は、入口に内開きの扉を持ち、普段は閉じています。捕虫嚢内部は常に水が排出され、外部より水圧が低い状態が保たれています。獲物が扉の毛に触れると、わずかな隙間から水が流れ込み、獲物を捕獲します。この一連の動作は非常に迅速で、排水と消化吸収を経て次の捕獲に備えます。

タヌキモ属の植物は、根や葉、茎などの栄養器官が他の被子植物とは異なり、花、花茎、捕虫嚢のみを持つという特徴があります。特に、小型の水生種では根と葉を欠き、茎と捕虫嚢が光合成を担うなど、高度な特殊化が見られます。

名称

属名の「Utricularia」は、ラテン語の「utriculus（小さな袋）」に由来し、捕虫嚢の形状を表しています。和名の「タヌキモ」は、水生種の茎葉がタヌキの尾に見えることから、「ミミカキグサ」は、果実を包む萼が耳かきに似ていることに由来します。

形態

植物体の構造

タヌキモ属の植物は、地下茎や匍匐茎を水平に伸ばしながら成長します。地生種は葉を広げますが、水生種は水面を浮遊するか、水底の泥中に地下茎を伸ばします。根やそれに代わる器官を持たないことが特徴で、茎から多様な形態の葉を展開します。一部の種は、着生植物や岩生植物として生育します。また、水生種は捕虫嚢を浮き袋として利用していると考えられていましたが、実際には浮き袋を持つ種も存在します。

花

タヌキモ属の花は、2枚の非対称な唇形の花弁を持ち、種によって様々な色をしています。一部の種は閉鎖花を形成し、自動自家受粉を行います。また、開放花と閉鎖花の両方を形成する種もいます。種子は非常に小さく、ほとんどの種で長さ0.2-1.0mm程度です。タヌキモ属は、自家受粉による種子生産が中心であり、水生種では開花率、結実率が低い傾向にあります。

生育環境と生態

タヌキモ属は、淡水域であればあらゆる環境で生育できますが、南極や一部の太平洋の島には自生しません。最も種数が多い地域は、南アメリカとオーストラリアです。ミネラル分の少ない湿った土壌や腐植質の土壌を好み、他の食虫植物と共に生育することもあります。陸生種は、湿った土壌や水が溜まった場所に生え、水生種は池や流れの穏やかな水域に生息します。また、着生種は熱帯雨林の湿ったコケや樹皮の上で生育します。

適応

タヌキモ属は、植物体の構造や摂食行動を通じて、厳しい気候条件下でも高度に適応して生き残ることができます。温帯の種は冬に草体を枯死させ、新たに再生します。熱帯の種は休眠期間を必要としません。また、低温地域では、茎の先端に殖芽を形成し、水底で越冬します。オーストラリアの種は雨季に成長し、乾季には塊茎で過ごします。一部の種は一年草で、種子によって越冬します。

捕虫嚢

形態

タヌキモ属の捕虫嚢は、非常に洗練された構造を持つ吸引型のトラップです。捕虫嚢は通常ソラマメのような形をしていますが、種によって様々な形態があります。外壁は2層の細胞からなり、透明ですが、獲物を捕獲すると黒色になります。入口には扉があり、普段は閉じています。地生種は小型でくちばし状の構造を持ち、水生種は大型でアンテナ状の構造を持ちます。着生種は水生種よりも小型で、毛管現象によって水を貯める機能を持っています。

捕虫のメカニズム

タヌキモ属の捕虫メカニズムは、能動輸送によって捕虫嚢外へ水を排出し、内部を減圧状態に保つことで機能します。獲物が扉の毛に触れると、水が流入して捕獲されます。この過程は非常に速く、1000分の10秒から1000分の15秒で完了します。捕虫嚢内の水は排出され続け、わずか15-30分で次の捕獲に備えます。捕獲された獲物は、数時間以内に消化酵素によって分解されます。捕虫嚢内には、微生物群集が存在し、植物と共生していると考えられています。

種

分類

タヌキモ属は、かつては多くの属に分類されていましたが、現在ではタヌキモ科の模式属として、ムシトリスミレ属、ゲンリセア属と共に分類されています。種数は分類方法によって異なり、約214種とされています。日本では、タヌキモとイヌタヌキモの区別など、名称に混乱が見られます。

主な種

タヌキモ類とミミカキグサ類に大別されます。タヌキモ類には、オオバナイトタヌキモ、ノタヌキモ、イヌタヌキモ、フサタヌキモ、ミカワタヌキモ、エフクレタヌキモ、コタヌキモ、オオタヌキモ、ヒメタヌキモ、タヌキモなどがあります。ミミカキグサ類には、ミミカキグサ、ホザキノミミカキグサ、ヒメミミカキグサ、ムラサキミミカキグサなどがあります。

分子系統樹

タヌキモ属の亜属と節の関係は、分子系統学的研究によって明らかになっています。Aranella節とVesiculina節は多系統群であることが示されています。

保護

タヌキモ属の一部の種は、環境悪化によって個体数を減らしています。IUCNレッドリストでは、18種が保全状況を評価され、うち1種が絶滅危惧種、2種が危急種、2種が準絶滅危惧種とされています。日本では、フサタヌキモなどが絶滅寸前であり、自生地の盗掘も問題となっています。また、外来種や気候変動も絶滅の要因として考えられています。湿地開発も個体群減少の大きな要因です。埼玉県などでは自生地を天然記念物に指定し、増殖事業が行われています。愛知県などでは、自生地を環境保全地域に指定し保護に取り組んでいます。

利用

タヌキモ属の各種は、観賞用としてアクアリウムなどで栽培されます。特にミミカキグサ類は、ウォーターローンとして人気があります。希少な種は高値で取引されることもあります。また、タヌキモ属はボウフラを捕食することから、マラリア対策に利用されたこともあります。栽培は比較的容易ですが、輸送や育成に注意が必要な種も存在します。

脚注

注釈

出典

参考文献

Lloyd, F.E. (1942). The Carnivorous Plants. New York: The Ronald Press Company.
Schnell, Donald E. (2002). Carnivorous plants of the United States and Canada. Timber Press.
Taylor, Peter (1989). The genus Utricularia: A taxonomic monograph. Kew Bulletin Additional Series XIV.
角野康郎『日本水草図鑑』文一総合出版、1994年。

外部リンク

The International Carnivorous Plant Society (英語)
Botanical Society of America, Utricularia - the Bladderworts (英語)
* Animation of Utricularia’s trap

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