ダナエ (ヤン・ホッサールトの絵画)

ヤン・ホッサールト作『ダナエ』

ヤン・ホッサールト（別名ヤン・マビューズ）が晩年の1527年に制作した絵画『ダナエ』は、ルネサンス期のフランドル美術を代表する作品の一つです。この作品は、ギリシア神話に登場する英雄ペルセウスの母ダナエと、神々の王ゼウス（ユピテル）の恋のエピソードを題材としています。現存するダナエを単独で描いた最古の絵画とされ、ホッサールトの重要な作品とされています。しかし、その発注主や絵画の源泉については、多くの点で不明な部分が残されています。

主題：ダナエとゼウスの恋

ダナエはアルゴス王アクリシオスの娘として生まれましたが、アクリシオスは孫によって殺されるという予言を恐れ、娘を塔または地下室に幽閉しました。しかし、ゼウスはダナエに恋をし、黄金の雨となって彼女に降り注ぎ、愛を交わします。その後、ダナエはペルセウスを出産しますが、アクリシオスは彼女とその息子を箱に入れて海に流します。箱はセリフォス島に漂着し、ダナエはそこでペルセウスを育てました。

作品詳細

構図と描写

画面中央には、赤いクッションに座り、恍惚とした表情で天井を見上げるダナエが描かれています。ゼウスが変身した黄金の雨が、天井の天窓から室内に入り込み、ダナエに降り注いでいます。彼女の青い衣服は肩から落ち、右の乳房を露わにしており、両手は黄金の雨を受け入れるかのように衣服をつかみ上げています。また、開いた両脚も官能的に表現されています。

建築的要素

ホッサールトは、ダナエを古代ギリシア・ローマの神殿を思わせる、赤い大理石の円柱に囲まれた壮麗な半円形の空間に配置しました。円柱はコリント式の柱頭を持ち、柱身と同じ材質のパネルが基台部分にはめ込まれています。上部には、金色の牛頭で飾られた帯状装飾と半円状の天井があります。前景上部の楣石は、植物模様とケルビムの頭で装飾されています。

背景の風景

ダナエが幽閉された古代的な建築モチーフの一室とは対照的に、画面奥には中世的な都市風景が描かれています。背景の建築物は、イタリアのルネサンス期の宮殿、中世の小塔、北イタリアの教会の塔、後期ゴシック建築など、異なる様式が混在しています。この古代と中世の幻想的な混交が、空間に独特の雰囲気を与えています。

照明と視点

ダナエと室内は左からの光によって均等に照らされています。絵画は下から見られることを意図しており、鑑賞者の視線の高さはダナエの腹部にあります。古典的な遠近法が用いられている一方で、背景の建築物はそれとは無関係に描かれています。ホッサールトのサインと日付は、床石側面にラテン語の碑文として刻まれています。

制作の経緯と源泉

ホッサールトの主要なパトロンであったブルゴーニュのフィリップが1524年に死去したため、本作が彼によって発注されたのか、あるいは別のパトロンによって発注されたのかは不明です。絵画の源泉としては、古代の宝石、コイン、メダリオン、カメオなどの美術工芸品が考えられます。また、円柱に囲まれた室内イメージは、フォロ・ロマーノのウェスタ神殿が源泉ではないかとされています。

制作過程

最新技術による調査から、ホッサールトはカートゥーンを下絵として使用していたことが分かっています。円柱の罫線は、着彩の途中で用いられたと考えられ、彩色された形象のエッジをくっきりさせるために使用されました。また、ハイライトを強調するためにスタイラスが使われ、建築物の頂上部分は最終段階で追加されました。金色の装飾は鉛錫黄で描かれ、黄金の雨には実際の金が使用されました。

解釈と研究史

聖母マリアとの共通点

本作品のダナエには、聖母マリアとの共通点が見られます。ダナエが床に座る姿は《謙譲の聖母》を思わせ、青い衣装は天の真実を意味し、聖母マリアの衣装によく用いられる色です。中世において、ダナエは純潔の象徴と解釈され、聖母マリアの処女懐胎を予兆するものと見なされました。

官能性と寓意

美術史家エルヴィン・パノフスキーは、本作を純潔の寓意として解釈しましたが、ダナエの官能的な魅力も認められています。現在では、この解釈は覆され、ホッサールトの『ダナエ』は中世の寓意的解釈ではなく、コレッジョの『ダナエ』に先行する官能的な表現であり、同時代の流行を先導した作品と見なされています。また、ホッサールトの表現は、パトロンであったブルゴーニュのフィリップやクレーフェのフィリップの洗練された人文主義的な環境に由来すると考えられています。ダナエが神話における聖母マリアの予兆という中世的解釈よりも、ダナエの官能性を強調した点において、革新的な作品であると言えます。

脚注

本記事は以下の文献に基づいています。
『神話・神々をめぐる女たち　全集美術のなかの裸婦３』中山公男監修、集英社（1979年）
オウィディウス『変身物語（上）』中村善也訳、岩波文庫（1981年）
Maryan Wynn Ainsworth. Man, Myth, and Sensual Pleasures: Jan Gossart's Renaissance: The Complete Works. Metropolitan Museum of Art, 2010

外部リンク

* バイエルン州立絵画コレクション・オンラインコレクション

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