ダルマティア属州

ダルマティア属州：アドリア海を巡る古代ローマの足跡

ダルマティア属州は、紀元前32年から紀元前27年頃に、アドリア海東岸、現在のアルバニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、セルビアにまたがる地域に設立された古代ローマの属州です。この地域は、現在ダルマチア地方と呼ばれる地域よりも広範囲に及びます。

ダルマティアの名の由来と成立

属州の名前は、この地に古くから居住していたイリュリア人の一派、ダルマタエ人に由来します。紀元前220年から紀元前168年にかけてのイリュリア戦争の結果、イリュリア王国の南半分は共和政ローマの保護領となりました。その後、周辺領域を加え、紀元前32年から紀元前27年頃にイリュリクム属州が成立。紀元6年から9年にかけて、パンノニア族とダルマティア族が反乱を起こしましたが、ローマ帝国によって鎮圧され、紀元10年にイリュリア属州は南北に分割。北側はパンノニア属州、南側はダルマティア属州となりました。

地理とローマ化

ダルマティア属州は、アドリア海沿岸部からディナル・アルプス山脈を含む内陸部までを領域としていました。ドイツの歴史家テオドール・モムゼンは、ダルマティア属州が完全にローマ化され、4世紀には内陸部を含めてラテン語が共通語となっていたと主張しています。しかし、クロアチアの歴史家アレクサンデル・スティプチェビッチは、発掘調査の結果から、ローマ化の度合いは地域によって異なり、アドリア海沿岸部や主要都市では進んでいたものの、地方部ではそれほど進んでいなかったと指摘しています。土着のイリュリア人は、ラテン語ではなく伝統的な言語を使い続け、土着神への信仰や伝統文化も保持していたとされています。

ディオクレティアヌス帝と民族移動時代

ダルマティア属州は、ディオクレティアヌス帝の出身地であり、隠棲の地でもありました。彼は、現在のスプリトに位置するディオクレティアヌス宮殿を建設しました。476年に西ローマ帝国が崩壊すると、この地域は民族移動時代にゴート族の支配下に入り、その後535年にユスティニアヌス1世によって東ローマ帝国に組み込まれました。

主要都市

ダルマティア属州には、以下のような主要都市がありました（北から南へ）。

タルサティカ (Tarsatica)：現在のリエカ
ヤデル (Jader)：現在のザダル
ブルヌム (Burnum)
スカルドナ (Scardona)：現在のスクラディン、シベニク近郊
トラグリウム (Tragurium)：現在のトロギル
サロナ (Salona)：現在のソリン、スプリト近郊。属州都
アスパーラトス (Aspálathos)：現在のスプリト
ナロナ (Narona)
エピダルム (Epidaurum)
アクルヴィウム (Acruvium)：現在のコトル
* スコドラ (Scodra)：現在のシュコドラ

ダルマティア属州は、ローマ帝国の歴史において重要な役割を果たした地域であり、その遺跡は今もなお、当時の文化や社会を物語っています。

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