テルマ (宗教)

テルマ：チベット仏教とボン教の秘教聖典

チベット仏教とボン教において、テルマ（蔵語：gter ma、「宝」の意）は、特別な境地に達した指導者によって隠匿され、後世の適切な時期に発見される聖典群を指します。これらの聖典は、地中から発掘されたり、霊感によって得られたとされ、チベット仏教における重要な精神的遺産となっています。

テルマの起源と種類

チベット仏教では、テルマの起源は8世紀に活躍したパドマサンバヴァとその弟子イェシェ・ツォギェルに遡るとされています。彼らは、未来のテルトン（gter ston、「宝を顕わにする者」）が適切な時に発見できるように、教えを地中や弟子たちの心に秘匿しました。テルマには大きく分けて二種類があります。

大地のテルマ（sa gter）： 物理的な物体（仏像、巻物など）が、山河や寺院などに隠され、テルトンによって発見されます。発見後、テルトンは霊感によってその意味を解読し、文字に書き記します。
霊感のテルマ（dgongs gter）： 物理的な物体は用いられず、パドマサンバヴァの弟子たちの心相続の中に隠された教えが、テルトンの霊感によって明らかにされます。テルトンは宗教的な夢や瞑想を通して、その教えを理解し、記録します。

テルトンは、多くの場合、パドマサンバヴァの弟子の転生であると考えられています。ニンマ派、カギュ派、サキャ派では、現在まで多くのテルトンが現れ、膨大なテルマが発掘されてきました。一方、ゲルク派ではテルマの伝統はあまり発展しませんでした。

代表的なテルマ：『チベット死者の書』

テルマの中でも特に有名なのが、『バルド・トゥ・ドル・チェンモ』（チベット死者の書）です。この書物は、死後の世界と、その後の転生について詳細に記されており、チベット仏教の死生観を理解する上で重要なテキストとなっています。

インド仏教と密教との関連性

テルマの伝統は、チベット仏教に限らず、インド仏教にもその起源を探ることができるという説があります。研究者ロバート・ビアは、大乗経典自体がテルマの一種であると主張しています。例えば、『般若経』は釈迦によってナーガ（龍神）に託され、龍樹によって発見されたという伝説があります。『華厳経』にも、無数の経典が宇宙に隠されているという記述があり、テルマの概念に通じるものがあります。密教においても、『大日経』や『金剛頂経』は南天鉄塔の中から発見されたという伝説が残されています。

ボン教におけるテルマ

ボン教にもテルマの伝統が存在します。多くのボン教のテルマは、ティソン・デツェン王の治世下の衰退期に秘匿され、11世紀頃に再び発見されました。これらの教えは、Lishu TagringやDrenpa Namkhaといった師たちによって、サムイェーやラダックなどの仏教寺院に隠されていたと言われています。

ボンの永遠の三宝

ボン教においては、ガンキル（dga' 'khyil、歓喜の円）が、北・中央・南の三つの重要な「テルマ」、永遠のボンの宝の集まりを象徴するとされています。それぞれの地域から発掘されたテキストが、この三宝を構成しています。

『蔵窟』

11世紀初頭にシェンチェン・ルガが顕わにしたテルマ『蔵窟』(蔵語：མཛོད་ཕུག་ [mdzod phug])は、シャンシュン語研究において重要な文献とされています。

テルマは、チベット仏教やボン教の神秘的な側面を象徴するものであり、その発見と解読は、宗教的な探求と精神的な成長を象徴する重要な出来事となっています。 これらの秘教聖典は、現代においても多くの研究者や実践者にとって、貴重な精神的資源であり続けています。

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