ティソン・デツェン

ティソン・デツェン（ཁྲི་སྲོང་ལྡེ་བཙན, Khri srong lde brtsan, 742年 - 797/98年）は、古代チベット王朝である吐蕃の王で、37代国王ティデ・ツクツェンの次男として生まれました。母はナナム氏族のマンポジェシティンです。彼の治世は、吐蕃の歴史において重要な転換期であり、領土の最大化、仏教の国教化など、多くの業績を残しました。

生涯

ティソン・デツェンは13歳で王位に就き、内相ゲンラム・タクラ・ルコンや将軍チム・ゲルシク・シュテンらの協力を得て、父王を暗殺した宰相たちを討ちました。当時の唐では安史の乱が起きており、その混乱に乗じて吐蕃は勢力を拡大します。763年には唐の首都・長安を占領し、一時的に李承宏を皇帝に擁立しました。その後、長安から「士女工匠」を連れて帰国する際、商業都市で略奪を行ったと伝えられています。

779年に唐で徳宗が即位すると、捕虜の返還が行われ、唐から仏僧が派遣されました。783年には唐との間で和平条約が締結され、軍事作戦は消極的になります。しかし、784年に唐で起きた反乱を鎮圧するために援軍を派遣したものの、唐からの対価が支払われなかったため、和平は破棄されました。その後、吐蕃は西域に進出し、敦煌を占領しました。

789年にはビシュバリク、ホータンを占領し、790年には亀茲の安西都護府を攻略しました。この頃、吐蕃の支配領域はアム川、フェルガナ方面にまで拡大しましたが、アッバース朝によってそれ以上の拡大は阻まれました。吐蕃の支配領域は西はギルギット、バルチスタン、東は雲南、四川に広がり、東北部は河西回廊を含んでいました。この時代、インドやベンガルからの使節がチベットを訪れ、吐蕃は中央アジア、北インド、アフガニスタン、イランを結ぶ重要な交易路を確保しました。

晩年、ティソン・デツェンは二人の妻の不仲を憂い、次男のムネ・ツェンポに妻の一人を与えましたが、妻同士の憎悪は深まるばかりでした。797/98年、ティソン・デツェンは競馬の場で亡くなりました。彼の墓は一辺180mの三層ピラミッド型で、チョンギェ村の吐蕃王家の墓群の中で最も大きなものとなっています。彼の死後、吐蕃は徐々に衰退していきます。

仏教との関わり

ティソン・デツェンは仏教を深く信仰しており、その治世下でチベット仏教は大きく発展しました。幼少期にはボン教徒による廃仏が行われましたが、彼は20歳で仏教の国教化を宣言し、仏教の振興に尽力しました。ネパールで仏教を学んでいたバー氏族のセルナンの仲介で、インドのナーランダ僧院の長老シャーンタラクシタを招聘し、仏教の教えを受けました。779年には、シャーンタラクシタによってインドから12人の僧侶が招かれ、6人のチベット人出家者に具足戒が授けられました。

彼の時代には、サンスクリットや漢語の仏典がチベット語に正確に翻訳され、後のチベット大蔵経の原型が作られました。775年には、サムイェー寺の大伽藍が起工され、12年の歳月をかけて完成しました。サムイェー寺の建立に際して、地鎮を行ったパドマサンバヴァ（蓮華生）は、後世のチベットの民衆や行者に大きな影響を与えました。

仏教の拡大に伴い、旧来のボン教の勢力は抑えられましたが、史書にはシャーンタラクシタでもボン教徒を屈服させることができず、ティソン・デツェンが反対派を処刑したという記録もあります。支配層の間では主にインド系仏教と中国系仏教が信仰されていましたが、敦煌の禅僧・摩訶衍が支持を増やしたため、ティソン・デツェンはカマラシーラを招聘し、サムイェー寺で宗論を行いました。カマラシーラが勝利した後、ティソン・デツェンはインド系仏教をチベット仏教の正当であると宣言し、中国系仏教徒は追放されました。しかし、東チベットには中国系の仏教を信仰する人々が残っていました。

家族

妻:
ツェパン・サ・マギャルドンカ
ポヨン・サ・ギャルモツン
その他4人の妃

子:
ムティ・ツェンポ（早世）
ムネ・ツェンポ
ムルク・ツェンポ（ムティク・ツェンポ）
ティデ・ソンツェン（セナルク）

ティソン・デツェンは、軍事的にも宗教的にも大きな功績を残し、後世に語り継がれる存在となりました。彼の治世は、チベットの歴史において重要な転換点であり、その影響は今日まで及んでいます。

参考文献

石濱裕美子『物語チベットの歴史』中公新書、2023年。
梅村坦「オアシス世界の展開」『中央ユーラシア史』収録（小松久男編, 新版世界各国史, 山川出版社, 2000年）。
金子良太「ティソン・デツェン」『アジア歴史事典』6巻収録（平凡社, 1960年）。
山口瑞鳳『チベット』下（東洋叢書4, 東京大学出版会, 1988年）。
ロラン・デエ『チベット史』（今枝由郎訳, 春秋社, 2005年）。
* デイヴィッド・スネルグローヴ、ヒュー・リチャードソン『チベット文化史』（奥山直司訳, 春秋社, 2011年）。

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