パドマサンバヴァ

パドマサンバヴァ：チベット密教の祖、蓮華に咲く神秘の人物

パドマサンバヴァ（「蓮華に生じた者」）は、8世紀後半にチベットへ密教を伝えたとされる伝説的な人物です。グル・リンポチェ（尊き師）の名で広く知られ、チベット仏教、特にニンマ派（古派）の創始者として深く尊崇されています。

蓮の華からの誕生と修行

伝説によれば、パドマサンバヴァは現在のパキスタン、スワート渓谷にあたるウッディヤーナ国のダナコーシャ湖に咲く蓮の花から、8歳の子供の姿で出現しました。その神秘的な姿は国王の目に留まり、養子として迎えられ、国政を任されることになります。その後、金剛薩埵（ヴァジュラサットヴァ）の教えに触発され出家。多くの偉大な師、例えば釈迦の弟子のアーナンダやシュリーシンハなどの下で修行を重ね、密教の奥義を極め、大成就者として名を馳せました。

チベットへの渡来と仏教の基礎確立

その神通力はチベットのティソン・デツェン王の耳にも届き、招かれる形でチベットへ渡ります。そこで、彼は土地に巣食う悪霊や悪鬼を調伏し、難産のサムイェー寺の建設に尽力。771年の落慶後には、ヴィマラミトラ、シャーンタラクシタ、ヴァイローツァナらと共に、サンスクリット語で書かれた仏教経典のチベット語への翻訳事業を監督しました。また、ティソン・デツェン王やイェシェ・ツォギャルをはじめとする、25人の傑出した弟子を育成し、チベット仏教の基盤を確立しました。

布教の際には、人々の性質や状況に応じて、時には優しく諭し、時には大胆な奇跡を見せるなど、8つの異なる姿（グル・ツェンギェー）を使い分けたと伝えられています。

テルマ（埋蔵経）と羅刹国への旅立ち

パドマサンバヴァは、高度なゾクチェンなどの教えを記した多くの経典を、地中や弟子の心相続の中に「テルマ（埋蔵経）」として隠しました。これは、将来教えを広める最適な時期が来た際に、弟子の化身によって発掘されるように、加持と封印を施したものです。その後、チベットを去り、羅刹国へ向かったとされています。

現在でもチベットでは、パドマサンバヴァが去ったとされる4月10日に大祭が盛大に行われています。

真言と浄土

パドマサンバヴァの真言（マントラ）は、「オン・マ・ホン・ベンザ・グル・ペマ・シディ・ホン」として知られています。また、彼の浄土は「銅色吉祥山」（サンド・ペルリ）と呼ばれ、信仰の対象となっています。

パドマサンバヴァの足跡は、チベット仏教の歴史に深く刻まれ、その教えは今もなお、多くの人々に影響を与え続けています。

参考文献

立川武蔵・頼富本宏編『チベット密教』1999年、春秋社、ISBN 4-393-11212-1
中沢中（なかざわみつる）『全訳　極楽誓願註──チベット浄土教講義論──』起心書房、2014年。ISBN 978-4907022051

関連項目

チベット仏教
ニンマ派
密教
ゾクチェン

もう一度検索