トマス・スタンリー (初代ダービー伯爵)

初代ダービー伯爵トマス・スタンリー(1435-1504)は、15世紀イングランドで稀代の生存戦略を駆使した貴族として知られています。薔薇戦争という激動の時代を生き抜き、幾度となく勢力変更を繰り返しながらも、常に権力の座に接近し、莫大な富と権勢を築き上げた彼の生涯は、まさにドラマチックなものです。

トマスは、初代スタンリー男爵トマスの嫡男として生まれました。若き日のトマスは、イングランドがヨーク派とランカスター派による激しい内戦、薔薇戦争の渦中にありました。彼の父が没した1459年には、わずか24歳で第2代スタンリー男爵位を継承することとなります。しかし、彼は明確な勢力への忠誠を避け、どちらの派閥にも属さず、情勢を見ながら立ち回りを続けるという、いわば日和見主義的な態度を貫きました。

1461年、ヨーク派のエドワード4世が王位に就くと、トマスは彼を支持しました。しかし、1470年には、エドワード4世を追放してランカスター派のヘンリー6世を復位させたウォリック伯のリチャード・ネヴィルの動きに呼応し、一時的にランカスター派へと鞍替えします。しかし、エドワード4世の反撃によりウォリック伯が戦死、ヘンリー6世が処刑された後も、トマスは罪に問われることなく、再びエドワード4世の下で活動しました。この様に、頻繁に勢力転換を繰り返したにもかかわらず、トマスが処罰されなかったのは、彼がイングランド北西部のランカシャーとチェシャーで強い影響力を持っていたため、どの王家も彼を敵に回すことを避けたためです。

エドワード4世の下では、王室家政長官に任じられ、フランス遠征やスコットランド遠征にも参加するなど、王室の中枢で活躍しました。しかし、エドワード4世の王妃エリザベス・ウッドヴィル一族や、勢力拡大を図っていたグロスター公リチャード(後のリチャード3世)とは対立関係にありました。1472年には最初の妻エレノアと死別し、その後、ランカスター家と繋がりのあるマーガレット・ボーフォートと再婚するなど、複雑な人間関係を築いていました。

1483年、グロスター公がエドワード5世に対してクーデターを起こした際、トマスはヘイスティングス男爵と共に逮捕されましたが、すぐに釈放されました。これも、北西部の有力者を敵に回すことを恐れたグロスター公の判断によるものと考えられます。その後も、トマスは王室家政長官に留まり、リチャード3世の支持者として活動しました。しかし、マーガレットがヘンリー・テューダー(後のヘンリー7世)を王位につけようとする陰謀に関わったことが発覚すると、トマスはリチャード3世を支持して反乱鎮圧に貢献します。その功績により、バッキンガム公の領地を与えられ、大司馬に就任し、妻マーガレットの赦免も得ました。このように、彼はリチャード3世からの信頼を得ながらも、ランカスター派との繋がりを維持していたのです。

1485年、ボズワースの戦いでは、弟のウィリアムがヘンリー・テューダーに接近していたにもかかわらず、リチャード3世によって長男ジョージを人質に取られたため、トマスは明確な態度を示すことができませんでした。しかし、彼はリチャード3世の軍に加勢しながらも、実際に戦闘には参加せず、結果的にヘンリー7世の勝利に貢献しました。

ヘンリー7世の即位後、トマスはダービー伯爵に叙爵され、ランカシャーとチェシャーの広大な領地を与えられ、北西部における彼の勢力はますます強固なものとなりました。以降、ヘンリー7世に忠誠を誓い、ストーク・フィールドの戦いなどにも参加し、反乱鎮圧に貢献しました。しかし、1495年には弟ウィリアムがパーキン・ウォーベックを支持したことで処刑され、1503年には長男ジョージを失うなど、晩年は不幸に見舞われました。1504年、トマス・スタンリーは死去しました。ダービー伯爵位は孫のトマスが継承し、スタンリー家はダービー伯爵家として現在まで続いています。19世紀には、その子孫であるエドワード・スミス＝スタンリーがイギリス首相に就任しています。

トマス・スタンリーの人生は、薔薇戦争という激動の時代を巧みに生き抜いた、稀有な貴族の物語です。彼の策略と妥協、そして日和見主義は、現代においても多くの示唆を与えてくれるでしょう。

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