トランス・ワールド航空159便オーバーラン事故

トランス・ワールド航空159便オーバーラン事故：詳細な解説

1967年11月6日、アメリカ・ケンタッキー州のシンシナティ・ノーザンケンタッキー国際空港で、トランス・ワールド航空159便（ボーイング707-131）が離陸滑走中にオーバーランする事故が発生しました。この事故は、離陸中止の判断、そして滑走路周辺の状況認識の甘さが複合的に重なり、悲劇的な結果を招いたものでした。

事故の概要

トランス・ワールド航空159便は、ニューヨークからシンシナティを経由し、ロサンゼルスへ向かう定期国内旅客便でした。事故当日、ニューヨークからシンシナティまでのフライトは順調に終了。しかし、シンシナティからの離陸時に悲劇は起こります。滑走路27Lへタキシング後、管制官から滑走路進入と待機指示を受けた159便は、滑走路手前でデルタ航空379便（マクドネル・ダグラス DC-9）の着陸を待ちました。

379便は着陸後、誘導路へ戻るため180度転回を試みましたが、機体が滑走路脇の未舗装部分でスタック。379便の機体の大部分は滑走路外に出ていましたが、尾部が滑走路からわずか約2.1mしか離れていない状態でした。しかし、379便の後部灯火は滑走路から14m離れた地点にあったため、実際よりも滑走路から離れているように見えていた可能性がありました。

管制塔は379便が停止していることを確認し、「滑走路から出たか」と確認。379便の機長は「泥の中にいる」と返答しました。この返答を受け、管制塔は159便に対し、379便が滑走路から出たと伝え、離陸許可を与えました。

159便は副操縦士の操縦で離陸滑走を開始。滑走中、機長は379便が滑走路に非常に近いことに気づき、直後に大きな音と機体の異常な動きを感じました。副操縦士は379便との衝突を疑い、スラストリバーサー、ブレーキ、スポイラーを使用し離陸を中止しました。

しかし、159便は滑走路内で停止しきれず、滑走路先の丘を越えて約20mも空中へ浮き上がった後、地面に激突。着陸装置を破損し、堤防を滑り降りて滑走路端から128mの地点でようやく停止しました。機体は胴体が破壊され、主翼が破損、右主翼から出火するという大破となりました。

乗員7名、乗客29名全員が機体から脱出しましたが、2名が入院。入院した乗客のうち1名が事故による負傷が原因で4日後に死亡しました。

事故機と乗員

事故機は1959年に初飛行したボーイング707-131で、事故当時26,319時間の飛行時間を記録していました。

乗員は以下の7名でした。

機長：ヴォルニ・D・マセニー (45歳, 飛行時間18,753時間)
副操縦士：ロナルド・G・レイハート (26歳, 飛行時間1,629時間)
航空機関士：ロバート・D・バロン (39歳, 勤務時間11,182時間)
客室乗務員：4名

事故調査

国家運輸安全委員会（NTSB）が事故調査を開始。調査の結果、以下の事実が判明しました。

デルタ航空379便の尾部が滑走路から数フィートしか離れていなかったこと。
379便のエンジンがアイドル状態で動作しており、ジェット排気が滑走路に向けて吹き付けていたこと。
連邦航空局（FAA）の規制やターミナル航空管制手順マニュアルに「滑走路に支障無し」というフレーズの定義がないため、パイロットや管制官がそれぞれ独自の解釈で使用していたこと。

NTSBは、379便のジェット排気が滑走路を使用する航空機に危険をもたらすため、379便は滑走路から完全に離れていなかったと判断しました。

379便のジェットブラストは159便の第3エンジンをサージングさせ失速させ、大きな騒音と機体の揺れを引き起こしました。副操縦士は、この状況を379便との衝突と錯覚し、離陸中止を決断しました。

NTSBは、離陸中止の判断は合理的であるとしましたが、高速での離陸中止は危険であるため、エンジン故障時など特別な場合にのみ行うべきであるというトランス・ワールド航空のマニュアル規定に反していたことも指摘しました。ただし、離陸決心速度を超過していたものの、これは衝突のような緊急事態を想定したものではないため、この超過が事故に直接影響したとは結論付けませんでした。また、離陸中止の手順を迅速に行わなかったことも批判しました。

NTSBの最終報告書の多数意見では、事故の原因を「トランス・ワールド航空159便の乗員が速度超過のために離陸手順を正常に中止できなかったこと」と結論付けました。また、ジェットエンジンの排気を考慮した「滑走路に支障がない」という意味の定義、航空会社の離陸中止手順を定義する新たなFAA規制の策定を推奨しました。

少数派報告では、事故の原因は379便の乗員が滑走路に近接していることを管制塔に報告しなかったこと、そして管制塔が379便の正確な位置を159便に離陸許可を与える前に確認しなかった過失であると指摘しました。

事故後の影響

事故後、死亡した乗客の遺族はデルタ航空から105,000ドルの和解金を受け取り、トランス・ワールド航空はボーイング707-131の損失でデルタ航空を訴え、2,216,000ドルで和解しました。

この事故は、滑走路周辺の状況認識の重要性、航空管制の曖昧さ、そして離陸中止手順の厳格な運用が不可欠であることを示す教訓となりました。

参考資料

NTSB accident brief CHI68A0043
* Accident photo

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