ニザール派

ニザール派：アラムートから現代への系譜

ニザール派は、イスラム教シーア派の一分派であるイスマーイール派から生まれた宗派です。1094年、ファーティマ朝カリフの後継者問題を巡る分裂により、ムスタアリー派とともにイスマーイール派は二分されました。ニザール派は、イランを中心に支持者を獲得し、11世紀末から13世紀半ばにかけてアラムート城を拠点とした独自の政権を樹立しました。

ニザール派の成立とアラムート政権

ニザール派の成立は、1095年、ファーティマ朝第8代カリフ・ムスタンスィルの死後、後継者問題を巡って発生した分裂に端を発します。本来は兄ニザールが継承する予定でしたが、宰相の陰謀により弟ムスタアリーがカリフとなり、ニザールは反乱を起こしましたが鎮圧され、その後死亡しました。ニザールを支持した勢力がニザール派です。

イランでは、セルジューク朝というスンナ派勢力の圧力にさらされる中で、イスマーイール派は勢力を拡大していました。1090年、ハサニ・サッバーフがアラムート城を奪取すると、ニザール派はイラン各地の山岳地帯に拠点を築き、独自の政治的、宗教的領域を形成しました。

アラムート政権は、セルジューク朝に対抗する手段として、時には敵対勢力の要人を暗殺する手段を用いました。「暗殺教団」という呼称はここから生まれ、後世に多くの伝説を生み出しました。しかし、暗殺行為の全てがニザール派によるものだったとは断定できません。

ハサニ・サッバーフは、ニザールをイマーム（指導者）として、自身はイマームの代理者であるフッジャとしてニザール派を率いました。アラムート城には図書館が設置され、多くの学者が集まりました。ハサニ・サッバーフの死後も、アラムートはニザール派の中心地として繁栄を続けました。

キヤーマ宣言と急進化、そしてスンナ派化

1164年、ハサン2世は「キヤーマ」を宣言しました。キヤーマとはイマームの再臨を意味し、シャリーア（イスラム法）が廃棄されることを意味します。ハサン2世は、自らがニザールの子孫でありイマームであると主張しました。シャリーアの廃棄はイスラームの枠外に出ることを意味しますが、ニザール派はこれを支持しました。ただし、これは教条的なシャリーア実践の変更であり、頽廃的な乱脈に陥ったわけではありませんでした。

ハサン2世の死後、ムハンマド2世がイマームとなり、40年以上にわたって安定した統治を行いました。この時代、ニザール派はシリアでも勢力を拡大しました。

しかし、ハサン3世の時代には、ホラズムシャー朝の台頭によりニザール派は大きな圧力を受けることになります。ハサン3世は、キヤーマの教義を廃止し、スンナ派ウラマーを招聘するなど、スンナ派化政策を進めました。これは、ホラズムシャー朝などの圧力に対抗するための現実的な選択でした。

アラムート政権の終焉とその後

1256年、モンゴル帝国軍のアラムート攻撃が始まり、アラムート政権は約150年の歴史に幕を閉じました。アラムートの図書館なども破壊され、多くのニザール派信徒は各地へ散らばりました。

モンゴル帝国の支配下においても、ニザール派は秘密裏に信仰を続けました。イランではムハンマド・シャー派とカースィム・シャー派の2派に分裂し、それぞれ独自に活動しました。カースィム・シャー派は、アーガー・ハーンを指導者とする系統であり、現在も世界各地に多くの信徒を擁しています。

シリアにおけるニザール派

シリアでは、ニザール派はイランほど大きな勢力を持ちませんでしたが、アラムートからのダーイーの派遣により、徐々に勢力を拡大しました。ラシード・ウッディーン・スィナーンは、シリアのニザール派を指導し、暗殺行為なども行いました。ヨーロッパの「暗殺教団」伝説は、スィナーンをモデルにしていると言われています。

シリアのニザール派は、モンゴル帝国やマムルーク朝の圧力を受け、最終的に1273年にマムルーク朝に服従しました。しかし、現在でもシリアにはニザール派のコミュニティが残っています。

アラムート後のニザール派とアーガー・ハーン

アラムート政権崩壊後も、ニザール派はインド、パキスタン、中央アジア、東アフリカ、欧米などにコミュニティを維持し、現在もアーガー・ハーンを指導者として、世界的な影響力を持つ宗教団体となっています。アーガー・ハーンは、社会福祉活動などにも力を入れています。

ニザール派は、その歴史の中で、政治的、宗教的に複雑な状況に直面しながらも、独自の信仰と文化を守り続け、現在も世界各地に広がるグローバルなコミュニティとして存在感を示しています。彼らの歴史は、宗教、政治、文化が複雑に絡み合った、興味深い物語です。

もう一度検索