ネイト (エジプト神話)

ネイト

ネイト（Neith）は、古代エジプト神話における重要な女神の一柱です。特にナイル川デルタの西方に位置する古代都市サイス（現在のサ・エル＝ハガル）において、古くからその地域の守護神として篤く信仰されていました。その崇拝は、エジプト第1王朝時代まで遡るとされるほど長い歴史を持っています。サイスは古代エジプト語で「ザウ（Zau）」と呼ばれていました。

また、ナイル川上流にある古代エジプト南部の町タ＝セネト（現エスナ）でも、ネイトは三柱の主だった守護神の一角を占めていました。このエスナは、古代ギリシア語ではラトポリスなどと呼ばれ、ルクソールから約55キロメートル上流のナイル川西岸に位置しています。

ネイトは極めて多様な神格を併せ持っています。最もよく知られているのは、戦いと狩猟の女神としての側面です。軍神として、戦士たちのための武器を生み出し、彼らが戦場で命を落とした際にはその遺体を守護すると信じられていました。同時に、ネイトは知恵の女神でもあり、神々の間で生じた対立、特にホルスとセトの王位を巡る争いにおいては、その仲裁役を務めたとされています。

ネイトという名前は「水」を意味すると解釈されることがあり、このことから、彼女はエジプトの創世神話に登場する原初の水、すなわちヌンを神格化した存在と見なされる場合があります。その場合、世界を生み出した「大いなる母神」として崇められました。エスナにある彼女の神殿の記録には、ヌンの原初の水域から最初の大地を創造したという逸話が残されています。さらに、ネイトは特定の夫を持たない「処女の地母神」として語られることもあり、創造物には30柱の神々が含まれるとされます。

ネイトの姿は様々な形で表現されました。一般的には、機織り職人が使う杼（ひ）を頭に載せ、手に弓と矢を持った姿で描かれます。しかし、時にはライオンの頭を持つ姿、ヘビ、あるいは牝牛として表されることもあります。また、珍しい例として、赤ん坊のワニに乳を与えている女性の姿で描かれることがあり、その際に「ワニの乳母」という異名で呼ばれることもあります。創造神としてのネイトは性別を持たない存在とされることもあり、また、太陽神ラーの母として「ラーを生み出した偉大な牝牛」と称されることもあります。

ネイトを象徴するものとして最も広く認識されているのは、交差した2本の矢と盾を重ねた意匠です。この象徴は、彼女の主たる信仰地であるサイスの町自体をも表していました。エジプトの美術表現では、ネイトの頭上にこの象徴が載せられることが一般的です。

また、この象徴や、彼女の名を表すヒエログリフの一部が織機に似ていることから、ネイトは機織りの女神とも見なされるようになりました。この機織りとの関連付けによって、水神としての創造神という性格に加えて、織機を用いて世界とそこに存在する全てを織り出す神という側面が加わったと考えられています。

サイスのネイト神殿では、軍神としてのネイトに「矢を射る者」「道を切り開く者」といった肩書きを冠して、戦勝祈願が行われました。また、同じく「道を切り開く者」と呼ばれる軍神ウプウアウトと共に戦場に現れると信仰されていました。機織りと家事を司る女神としてのネイトは、女性や結婚の守護神ともされたため、特に王家の女性はネイトへの敬意を示すために、ネイトにちなんだ名前を名乗ることがありました。

ネイトは軍神であることから、死とも深い関連がありました。ミイラを覆う包帯や屍衣を織ると考えられており、さらに進んで、ミイラの内臓を収めるカノプス壷を守護する四柱の神々のうちの一柱であるドゥアムトエフ（腹部を守護）の守護神とされました。これは、腹部が人体の中でも重要であり、戦いにおいて狙われやすい部位と考えられていたためです。ネイトは、ドゥアムトエフが守護するカノプス壷に近づく悪霊に対し、矢を放って撃退すると信じられていました。

神話においては、水神と見なされる場合、ナイル川を司る創造神クヌムの妻や、ワニの姿をした神セベクの母とされることがあります。また、ナイル川の水源とも結び付けられることもありました。エスナでは、ナイルパーチ（魚の一種）とも関連付けられ、クヌム、ネイト、そして彼らの子であるハク（Hak）の三柱が共同で信仰されていました。オグドアド神話の一説では、ネイトは太陽神ラーや、その敵対者である混沌の蛇アペプの母であったとされます。創造と機織りの女神として、ネイトは毎日世界を織り直し、秩序を維持していると考えられていました。

古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは、サイスで毎年開催されていた「ランプ祭」と呼ばれる大規模な祭礼について記述を残しています。この祭りでは、夜通し家の外に多数の明かりが灯されたと伝えられています。また、死と再生の神としてのネイトに関連する、復活信仰の存在を示唆する証拠も発見されています。

ネイトは、他の多くの神格と同一視される習合が見られます。エジプト国内では、愛と美の女神ハトホルや、魔法と母性の女神イシスと同一視されることがありました。さらに、北アフリカの古代ベルベル人や、フェニキア文化圏、特にカルタゴで崇拝された女神タニトとも同一視されました。タニト（Ta-nit）という名前は、エジプト語で「ネイトの土地」を意味するとされます。タニトも軍神、処女の地母神、豊穣神といったネイトと共通する属性を持ち、その象徴はエジプトのアンクに類似していました。

ヘレニズム時代には、小アジアからエジプトに移住した人々が信仰していた軍神アノウケとも同一視されるようになりました。アノウケは曲線を帯びた羽飾りを被り、槍や弓矢を持った姿で描かれる神です。

古代ギリシアの歴史家ヘロドトスや哲学者プラトンは、ネイトをギリシア神話の女神アテーナーと同一視しました。これは、アテーナーもまた戦いと知恵、そして機織りの女神であったという共通点に基づくと考えられています。

現代においては、かつて17世紀から19世紀にかけて何度か観測報告がなされたものの、現在では存在が否定されている金星の衛星に、この女神にちなんで「ネイト」という名前が付けられました。また、小惑星帯の小惑星の一つにも「ネイト」という名が冠されています。

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