ノビレス

ノビレスとは：共和政ローマの支配階級

ノビレス（Nobiles）は、共和政ローマにおいて支配階級を構成した貴族階層です。ノビリタス（Nobilitas）とも呼ばれ、従来の貴族層であるパトリキ（Patricii）と、政治的発言力を増した有力な平民（プレブス）家族が融合して形成されました。日本語では、「新貴族」や「平民貴族」と訳されることもあります。

彼らによる支配体制は「ノビリタス支配」と呼ばれますが、その実態は必ずしも明確ではありません。ノビリタスが具体的に何を指すのか、ローマ人自身もあいまいな認識であったため、研究者の間でも様々な解釈が存在します。有力な説としては、先祖にコンスル（執政官）を輩出した家系であるとするものや、クルリス級政務官（アエディリス・クルリス以上）を輩出した家系であるとするものがあります。

また、ノビレスの力の源泉とされてきたパトロネジ（クリエンテス）についても、近年では過大評価であるという見直しが進んでいます。

ノビレスの成立

共和政ローマでは、王政から移行した当初、政務官経験者の集合体である元老院が実質的な統治を担っていました。特にコンスル経験者は高い地位を占め、元老院の中心的な存在でした。元老院の議席は、当初はパトリキと呼ばれる一部の閥族によって独占されていましたが、紀元前367年のリキニウス・セクスティウス法によって、プレブスにもコンスルへの道が開かれました。

この頃の元老院の定員は300名で終身制でしたが、当時の平均寿命を考慮すると、議員の自然減をパトリキのクルリス級政務官だけで補うことは困難でした。そのため、紀元前4世紀末頃から、プレブス出身の政務官にも徐々に元老院の門戸が開かれていったと考えられています。このような貴族と平民の融合が進み、出自よりも政務官としての実績が重視されるようになったことが、「ノビリタス支配」へと繋がったと考える研究者もいます。

ノビレスの定義と多様な見解

1912年にマティアス・ゲルツァーは、著書『Die Nobilität der römischen Republik』の中で、少数のノビレスが共和政ローマを支配していたとし、キケロなどがノビレスと呼んだ人々を調査した結果、祖先にコンスル、ディクタトル（独裁官）、執政武官がいた者がそう呼ばれているとしました。一方、テオドール・モムゼンはノビレスをクルリス級家系と定義し、ピーター・ブラントもこの定義を支持しましたが、この説には根拠が薄いという反論があります。

有力家系であるノビレスに対して、先祖に政務官がいない家系から元老院議席を得た者は、ノウス・ホモ（新人）と呼ばれました。しかし、この概念も明確ではなく、議員止まりだった者と執政官級になった者を区別すべきであるという主張や、エクィテス出身者のみに使われるという主張もあります。

重要なのは、ノビレスも他の元老院議員と異なる特権を持っていたわけではないということです。キース・ホプキンスとグラハム・バートンの調査によれば、紀元前249年から約200年間のコンスルのうち、ノビレスの家系が占める割合は62%に過ぎず、彼らの権力も必ずしも盤石ではなかったことが示唆されます。ノビレスの家系は入れ替わりが激しく、彼らの間には激しい競争があったと考えられています。

なお、ノビレスとなっても、プレブス系の者は平民としての権利を保持していました。具体的には、プレブス民会への参加・議決権、護民官への被選出権などが挙げられます。

パトロネジの再検討

ゲルツァーは、ノビレスがパトロンとして、クリエンテスとの信義を通じたネットワークと、ノビレス同士のつながりによって選挙戦を勝ち抜いてきたと説明しました。このパトロネジ論は、ロナルド・サイム、エルンスト・バディアン、ヘルマン・シュトラスブルガーらによって深化され、政務官選挙においてクリエンテスをどれだけ動員できるかが重要であり、それがノビリタスの力の源泉であるとされてきました。

しかし、史料による裏付けは乏しく、キケロの演説からは、候補者の家柄が良いから投票している様子が読み取れるという指摘があります。また、選挙はトリブス単位で行われ、投票のために遠方からローマ市まで移動する必要があったため、クリエンテスの動員による影響力は疑問視されています。さらに、共和政ローマの拡大に伴い、市民権を持つ人が増えるにつれて、パトロネジの影響力は徐々に低下していったと考えられます。

選挙運動においても、固定票だけでなく浮動票を獲得することが重要であり、ノビレスは必ずしもパトロネジだけに頼っていたわけではありません。むしろ、彼らは自身の、もしくは先祖の功績（ディグニタス）によって「名を知られた」人々であり、国家への貢献をアピールすることで支配階級に留まっていたと考えられます。この国家への貢献は、ノブレス・オブリージュ（高貴な者の義務）のようにみなす学者もいます。

近年の研究と新たな視点

ノビレスの実態研究は、グラックス兄弟の従来像の批判からも行われており、ゲルツァーの再検討によって、ノビレスといえども常に実績を積み、競争に勝ち抜く必要があったことが重視されています。彼らは、固定化された階級としてではなく、常に自己を更新し、国家への貢献を示すことで権力を維持していたと言えるでしょう。

ノビレスは、共和政ローマにおける支配階級として重要な役割を果たしましたが、その実態は複雑であり、一言で定義することは困難です。近年の研究によって、彼らの支配構造やパトロネジとの関係性について新たな視点が提示されており、今後の研究によってさらにその実像が明らかになることが期待されます。

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