トリブス

古代ローマの行政区画「トリブス」

トリブス（ラテン語: Tribus）は、古代ローマにおいて、市民を登録し、行政を行うための重要な区画でした。王政期から共和政期にかけて、その役割は大きく変化し、ローマ社会の根幹をなす要素の一つとなりました。

トリブスの概要

トリブスとは、ローマ市民権を持つ人々を、居住地や資産に基づいて登録した行政区画です。トリブスは単なる行政区画ではなく、市民が参加する民会の投票単位、徴税や兵役の単位としても機能しました。ローマ市内は4つの都市トリブスに、郊外は農村トリブスに分けられ、その数は共和政ローマの拡大とともに増加しました。

紀元前5世紀には17の農村トリブスが存在し、最終的には4つの都市トリブスと31の農村トリブスの合計35トリブスで構成されました。

トリブスの機能

兵役

ローマ軍団の兵士は、トリブスごとに募集されました。執政官が召集日を発表すると、兵役年齢に達した市民が集まり、トリブヌスが各トリブスから年齢や体格が近い者を選びました。歩兵は46歳まで16年の兵役が課せられ、一定の資産を持つ者は海兵にも登録されました。トリブス単位での兵士募集は紀元前3世紀末まで続いたと考えられています。

投票単位

トリブスは、トリブス民会とプレブス民会における投票単位でした。1トリブスにつき1票を持ち、民会での立法や下位政務官の選出に影響を与えました。また、ケントゥリア民会の改革により、トリブスは高位政務官の選出にも重要な役割を果たすようになりました。有力氏族がトリブス票の動向を握り、その影響力をケントゥリア民会にまで及ぼそうとしたと考えられています。

選挙運動

選挙の際には、各トリブスの代表団がローマに集まり、トリブスの本部が置かれました。候補者や支援者は各トリブスを回り、支持を訴えました。また、「ディウィソレス」と呼ばれるトリブス票のまとめ役が、候補者から賄賂を受け取りトリブスに配る役割を担っていました。不正な選挙運動に対する規制法も定められましたが、効果は薄かったようです。投票の際には、候補者が有権者の名前を覚えているかのように呼びかけるため、「nomenclator」と呼ばれる奴隷も存在しましたが、後に違法とされました。しかし、トリブスを同じくする人々の面倒を見たり、友人の候補者を支援することは、古くからの人間関係として受け入れられていました。

徴税

戦時特別税（トリブトゥム）もトリブス単位で徴収されました。トリブニ・アエラリイと呼ばれる人々が、ケンススによって明らかになった資産額に応じて個人から徴収し、兵士に支給していました。しかし、第二次ポエニ戦争後には、クァエストルにその役割が取って代わられました。

裁判

市民が政務官から死刑や上限を超える罰金刑を言い渡された場合、民会で審判が行われました。死刑の場合はケントゥリア民会、罰金刑はトリブス民会の役割でした。また、政務官の判定に不服がある場合には、プロウォカティオ（上訴）が認められていました。紀元前2世紀頃には、各トリブスから選ばれた審判人が民事法廷で審判を行いました。審判人の構成は時代によって変化し、元老院議員、エクィテス、トリブニ・アエラリイが選ばれました。

トリブスの起源

ロムルスの創設

古代ローマの建国者ロムルスは、3つのトリブス（ラムネス、ティティエス、ルケレス）を創設したと伝えられています。それぞれのトリブスにはトリブヌスが選ばれ、トリブスはさらにクリアと呼ばれる10の細区分に分けられました。

セルウィウス改革

王政ローマ6代目のセルウィウス・トゥッリウス王は、ケンスス（国勢調査）を行い、街を4つの区域に分けて都市トリブスを定めました。

パラティナ区
スブラナ区
コッリナ区
エスクィリナ区

また、農村トリブスについても、トゥッリウス王が全国を26または31の地域に分割し、都市トリブスを加えて30または35のトリブスを作ったという説があります。これらの農村トリブスには、高台に避難所が設けられ、徴税や徴兵、祭祀のための役人が置かれました。農村部ではトリブスではなく、パグスと呼ばれる地区が用いられていた可能性もあります。

トリブスの拡張と変遷

領土拡大とトリブス

ローマ領の拡大に伴い、植民市の建設や個人的土地分配が行われ、既存のトリブスに追加登録されたり、新トリブスが設立されました。しかし、個人的土地分配はトリブス間のバランスを取ることが難しく、トリブスの新設がなくなるとともに減少していきました。

ペレグリニ

他の民族に対しては、トリブス新設の際に特権を与えられていた外国人を取り込んでいました。また、投票権なき市民権を与えた例もありましたが、紀元前2世紀頃からは、新たに植民市を創設する際に一定数の外国人（ペレグリニ）を取り込み、彼らもトリブスに登録するようになりました。

トリブスの分断

トリブスは、必ずしも連続した領域を持っていたわけではありません。植民市建設や個人的土地分配によって、トリブスの領域は分断されることがありました。ローマがイタリア半島を統一すると、トリブスは各地に分断され、選挙の立候補者にとっては、トリブスの位置を覚えるのが困難になりました。

ケンソル

ケンスス（国勢調査）は、元々王や執政官が行っていましたが、紀元前5世紀中頃にケンソルが設置され、トリブス単位で行われるようになりました。市民は、個人名、氏族名、所属トリブス、家族名、年齢、所有資産が登録されました。ケンソルは、トリブスの再編や追加を行ったり、不品行な者をトリブスから移す権限を持っていました。

無産市民

紀元前312年には、土地を持たない解放奴隷などの無産市民もトリブスに登録することが決定されましたが、紀元前304年には、4つの都市トリブスのみに登録されるように変更されました。解放奴隷や無産市民は都市トリブスに登録されることが多く、農村トリブスに比べて劣ったものと認識されるようになっていきました。しかし、都市トリブスにもエクィテスや元老院議員、パトリキの家系も登録されていました。解放奴隷に市民権を与える動きが激化すると、都市トリブスでの票読みが困難になり、政治的な混乱を引き起こしました。カエサルは、解放奴隷を海外の植民地に送り、市民権をコントロールしようとしました。

同盟市戦争

同盟市戦争後、ポー川以南の全自由人にローマ市民権が与えられました。新市民を既存の35トリブスに登録することが困難であったため、10のトリブスを新設することが決定されました。しかし、マリウス派とスッラ派の争いのため、ケンススを行うことが出来ず、新市民は既存の31農村トリブスに登録されました。過疎化が進んでいた農村トリブスは、ラテン植民市や新市民登録による新たなコミュニティ形成によって重要性を失っていき、ケンススではトリブスではなく、ムニキピウムへの住民登録に置き換えられていきました。同盟市民軍が正規軍化すると、徴兵係は各地の有力者の協力を得て徴兵を行うようになりました。

退役軍人

マリウスの軍制改革によって無産市民が軍の主力となると、退役後土地を与えられ市民権を取得した場合、彼らをどのトリブスに登録するかは、有力な将軍への論功行賞として与えられるようになりました。

まとめ

トリブスは、古代ローマにおいて、市民の登録、兵役、投票、徴税、裁判など、多岐にわたる機能を持つ重要な行政区画でした。その役割は、ローマの歴史とともに変化し、共和政末期には、トリブスの重要性は薄れていきました。

参考資料

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テイラー『ローマ共和国の投票区』
トムセン『セルウィウス・トゥッリウス王：歴史的総合』
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砂田徹『選挙買収禁止法とローマ共和政末期の政治―A.W.リントットの近業にふれて―』
砂田徹『西洋古典学研究 41号, ローマ共和政末期のトリブスと有力政治家 : 金銭分配係の検討を中心に』
砂田徹『古代文化 第47巻 第2号, ケントゥリア民会の改革とローマ共和政中期のトリブス』
砂田徹『共和政期ローマにおける審判人とトリブス：トリブニ・アエラリィの再検討を中心に』
砂田徹『共和政期ローマにおける市民団の拡大とその編成原理 : トリブス制の変遷を軸として』
砂田徹『都市トリブスとローマ市民団の周縁 : 解放奴隷・役者・非嫡出子』
砂田徹『北海道大学文学研究科紀要131, 前八〇年代の内乱とイタリアの関与 ローマ市民権拡大との関連で』
砂田徹『北海道大学文学研究科紀要147, 同盟市戦争後のケンスス（戸口調査）と文書行政の進展』
毛利晶『史学雑誌 116巻 2号, 古代ローマのmuniceps : 古代の学者が伝える定義の解釈を中心に』
毛利晶『史学雑誌 118巻 4号, ローマによるカエレ併合とcivitas sine suffragio(投票権なき市民権)の起源』
* 毛利晶『神戸大学文学部紀要,37:35-59、Tabulae Caeritum考』

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