バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群

バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群

アフガニスタンの首都カーブルから北西へ約230km、ヒンドゥークシュ山脈の山中に位置するバーミヤン渓谷は、標高約2500mの高地にあります。この地には、古代からバーミヤーンという都市が栄え、1世紀頃から仏教寺院が開削されました。渓谷には1000以上もの石窟があり、グレコ・バクトリア様式の影響を受けた仏教美術の優れた遺産が数多く残されています。

歴史

5世紀から6世紀にかけて、高さ55mの西大仏と38mの東大仏をはじめとする巨大な仏像が彫られました。石窟内には、グプタ朝のインド美術やサーサーン朝のペルシア美術の影響を受けた壁画が描かれ、バーミヤーンの仏教文化は繁栄を極めました。7世紀には、唐の僧侶である玄奘三蔵もこの地を訪れ、当時も大仏が美しく装飾され、多くの僧侶が暮らしていたと記録しています。

19世紀以降、アフガニスタンが国際社会に組み込まれるようになると、バーミヤーン遺跡は西洋人や日本人探検家によって注目されるようになりました。20世紀には、学術調査によってその文化的価値が高く評価され、アフガニスタンを代表する世界的な文化遺産とみなされるようになりました。

しかし、1979年のソ連のアフガニスタン侵攻以降、アフガン紛争によって遺跡は大きな被害を受けました。2001年には、当時のターリバーン政権によって大仏が爆破され、遺跡は壊滅的な被害を受けました。紛争終結後の調査では、大仏だけでなく、石窟の壁画の約8割が失われたと報告されています。

日本は、当時ユネスコ親善大使だった平山郁夫の提唱により、危機に瀕する文化財を保護する活動を開始し、流出文化財保護日本委員会を創設しました。2002年からは、日本をはじめとする国際社会の支援によって修復事業が進められています。2015年には、中国の研究チームによって3Dでの大仏復元も行われました。しかし、2021年8月にはターリバーンが再びアフガニスタン全土を制圧し、バーミヤンの古代遺跡も再びその管理下に置かれています。

ターリバーンによる破壊

1979年のソ連侵攻以降、アフガニスタンへの外国人の立ち入りが困難になり、遺跡の調査や保存事業は中断されました。1980年代以降の内戦でバーミヤーン市はハザーラ人勢力の拠点となり、1990年代には遺跡周辺に地雷が埋設されるなど状況は悪化しました。

1998年にバーミヤーンはターリバーンに占領されました。ターリバーンは、イスラム教の戒律に基づいた独自の解釈を国民に強制し、国際社会から孤立していきました。2001年2月には、イスラム教の偶像崇拝禁止の規定に反するとして、バーミヤンの大仏を破壊すると宣言しました。

国際社会やイスラム諸国からの批判にも関わらず、ターリバーンは3月2日に大仏の破壊を開始しました。爆破の様子は映像で記録され、世界中に衝撃を与えました。2012年には、当時のターリバーン幹部が「大仏破壊は正しい決断ではなかった」と発言しましたが、時既に遅しでした。

ターリバーンの文化財に対する意識の欠如は強く批判されましたが、一方で、内戦で多くの餓死者が出ていたアフガニスタンに対して国際社会が無関心であったことを批判する声も上がっています。イランの映画監督モフセン・マフマルバフは、100万人の餓死者よりも仏像破壊が注目されたことを批判し、作品で表現しました。

ターリバーンの強硬姿勢の背景には、指導者たちがウサーマ・ビン・ラーディンの影響を強く受けていたという指摘もあります。

破壊後の保護活動

ドイツの調査チームによる分析で、大仏の築造年は西暦507年と551年であることが判明しました。この調査は、破壊された遺跡の歴史的価値を改めて示すものとなりました。

登録経緯

バーミヤン渓谷の遺跡は、当初「バーミヤン渓谷の建造物群」として世界遺産に推薦されましたが、戦争の影響で保存事業が進まず、1983年に審議が延期されました。2001年末にターリバーン政権が崩壊すると、遺跡の修復と保全に対する国際的な支援の動きが高まりました。

2002年には、日本政府がユネスコ日本信託基金を設立し、修復と保存事業を開始しました。2003年には、危機にさらされている世界遺産として正式に世界遺産に登録されました。

登録基準

この世界遺産は、以下の登録基準を満たしています。

(i) 人類の創造的天才の傑作を表現するもの。
(ii) ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、町並み計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(iii) 現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠となるもの。
(iv) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。
(vi) 顕著な普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの。

具体的には、バーミヤン渓谷の石仏と壁画は、中央アジアにおけるガンダーラ仏教美術の傑作であり、シルクロードの仏教センターであったバーミヤン渓谷の遺跡は、ガンダーラ文化を基礎に、インド、ヘレニズム、ローマ、サーサーン朝イランの文化が融合した文化が栄えた場所です。また、中央アジアでは失われた仏教文化の遺跡であること、仏教文化が繁栄した時代の様子を伝える文化的景観を持つこと、西方における仏教の記念碑的な存在であることなどが評価されています。

関連文献

前田耕作 『アフガニスタンの仏教遺跡バーミヤン』 （晶文社, 2002年）
『バーミヤーン遺跡 写真集』（前田耕作　文・越前隆　写真,　毎日新聞社, 2002年）
* 高木徹 『大仏破壊――バーミアン遺跡はなぜ破壊されたか』（文藝春秋, 2005年／文春文庫, 2007年）

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