バクトリア

バクトリア：中央アジアの歴史と文化の交差点

バクトリア（Bactria）は、古代中央アジアにおける重要な地域です。現在のイラン北東部、アフガニスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンの一部にまたがる、ヒンドゥークシュ山脈とアム川（オクサス川）の間に位置していました。古くはバクトリアーナ、トハーリスターンとも呼ばれ、数々の王朝が興亡し、東西文化交流の中心地として栄えた歴史を持つ地域です。

オアシス都市とゾロアスター教

バクトリアに関する最古の記録は、アケメネス朝ダレイオス1世のベヒストゥン碑文に見られる「バークトリシュ（Bâkhtriš）」です。ヘラート、メルヴ、サマルカンドなどとともに、中央アジア最古のオアシス都市の一つであり、その中心都市バクトラは現在のバルフに比定されています。バルフ近郊には巨大な廃墟が残っていますが、それが本当に古代バクトラであるかは未だ確定していません。しかし、ゾロアスター教の祭壇跡やバクトリアの貨幣が多数出土しており、古代バクトリアの面影をしのばせます。

バクトリアは、ゾロアスター教の開祖ゾロアスターの出身地であるという伝説があります。この伝説の真偽は定かではありませんが、少なくともアケメネス朝時代にはバクトラが同教の中心地の一つであったことは確実です。

ペルシア人とサカ人の共同支配

紀元前6世紀のバクトリアは、ペルシア人とスキタイ系のサカ人が支配階級を構成していたと考えられます。サカ人はペルシア人より先にこの地域に住んでおり、ペルシア人が侵入し征服した後も、サカ人は支配層として重要な役割を果たしました。ローマ時代の記録によれば、バクトリアは7000人の貴族によって支配されていたとされています。ペルシア人とサカ人の共同支配体制は、バクトリアの歴史における重要な特徴です。

アケメネス朝支配

紀元前6世紀以降、アケメネス朝はバクトリアを完全に支配下に置きました。キュロス2世は、北方のスキタイ系遊牧民の脅威に対抗するため、中央アジアに遠征し、オクサス川北方に都市を建設しました。バクトリアはアケメネス朝第12番目のサトラッピとなり、安定した税収をもたらしました。ダレイオス1世は、バクトリアを拠点に西北インドへの遠征を行い、インド洋とペルシア湾を結ぶ貿易路を開拓しました。この貿易路は、文化交流にも大きな影響を与えたと考えられています。

アレクサンドロスの東征と征服

紀元前4世紀、アレクサンドロス3世のマケドニア軍はバクトリアに侵攻しました。当時のバクトリア総督ベッソスは、ダレイオス3世を殺害して逃亡しますが、アレクサンドロスによって捕縛され処刑されます。アレクサンドロスはバクトリアを征服し、この地はギリシア文化の影響下に置かれました。アレクサンドロスはバクトリアに都市を建設し、この地域はイスカンダール（アレクサンドロス）の名で呼ばれるようになります。

セレウコス朝とグレコ・バクトリア王国の独立

アレクサンドロスの死後、バクトリアはセレウコス朝の支配下に入ります。しかし、紀元前3世紀にはディオドトスが独立し、グレコ・バクトリア王国を建国しました。この王国は、ギリシア文化と中央アジアの文化が融合した独特の文化を築き上げました。強盛期には、インド北西部にまで勢力を拡大しました。

クシャーナ朝、キダーラ朝、エフタル

グレコ・バクトリア王国滅亡後、バクトリアはクシャーナ朝によって支配されました。クシャーナ朝は、中央アジアからインド北西部までを支配し、仏教文化の興隆にも貢献しました。その後、キダーラ朝、遊牧民のエフタルがバクトリアを支配します。エフタルは、一時中央アジアに広大な版図を築きましたが、サーサーン朝との抗争の後、衰退しました。

吐火羅国とイスラームの支配

エフタル滅亡後、バクトリアは吐火羅国と呼ばれました。この時代、バクトリアは強大な軍事力を持つようになり、西突厥の支配下に置かれます。7世紀にはイスラーム勢力が中央アジアに侵攻し、バクトリアはイスラーム王朝の支配下に入り、トハーリスターンという名称も使われなくなりました。

言語と文字

バクトリアでは、古代ギリシア語、バクトリア語（イラン語派）、そして後にテュルク語やペルシア語が使用されました。バクトリア語はギリシア文字で書かれており、その痕跡は、発掘された碑文や貨幣から知ることができます。7世紀の玄奘の記録にも、バクトリアの独自の文字と言語について記されています。

バクトリアは、地理的な位置から東西文化の交流が盛んに行われた地域です。アレクサンドロス大王の東征、グレコ・バクトリア王国の興亡、クシャーナ朝など、様々な歴史的出来事や王朝が、この地の歴史を彩っています。数々の遺跡や歴史記録は、バクトリアが中央アジアにおける重要な役割を果たしたことを物語っています。

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