弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽

弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽（Sz. 106, BB 114）は、ハンガリーの作曲家バルトーク・ベーラ（1881-1945）の代表作の一つとして広く知られる管弦楽曲です。しばしば「弦チェレ」と略されて親しまれています。原題はドイツ語で Musik für Saiteninstrumente, Schlagzeug und Celesta、英語では Music for Strings, Percussion and Celesta と記されます。演奏時間は一般的に28分から30分程度ですが、バルトーク自身は総譜に各部の厳密な時間を指定しており、全体の演奏時間は約25分40秒とされています。

作曲の経緯と初演

この作品は、スイスの指揮者パウル・ザッハー（1906-1999）の委嘱によって誕生しました。ザッハーはバーゼル室内管弦楽団を設立・指揮する傍ら、製薬会社の財産を相続したことを機に、多くの現代音楽作品を委嘱するなど、音楽界の発展に多大な貢献をした人物です。バルトークとは1929年以来、親交がありました。1936年6月23日、ザッハーはバーゼル室内管弦楽団の創立10周年記念演奏会（翌年1月21日開催）のために新作をバルトークに依頼する手紙を送ります。バルトークはすぐに承諾し、弦楽器に加えてピアノ、チェレスタ、ハープ、シロフォン、その他の打楽器を含む具体的な編成に言及しました。委嘱から完成までわずか2か月弱という驚異的な速さで書き上げられており、1936年 9月7日にブダペストで完成したことがバルトーク自身の記録に残っています。当時多忙だったバルトークが短期間で完成できたのは、以前から温めていた弦楽合奏のアイデアに、ザッハーの依頼を受けて打楽器などを加えることで発展させられたためと考えられています。

世界初演は、計画通り1937年 1月21日にバーゼルで、委嘱者であるパウル・ザッハー指揮のバーゼル室内管弦楽団によって行われました。ザッハーは前年の11月末から熱心にリハーサルを開始しており、初演前のリハーサルに立ち会ったバルトークは、指揮者とオーケストラの作品への熱意と献身に深く感動し、夫人に宛てた手紙でその喜びを伝えています。初演は大成功を収め、終楽章はアンコールされるほど好評でした。批評家からもバルトークの重要な代表作として高く評価されました。日本での初演は1939年 5月10日、ヨーゼフ・ローゼンシュトック指揮の新交響楽団によって行われています。総譜は初演と同じ1937年にウィーンのウニヴェルザール出版社から出版され、パウル・ザッハー氏とバーゼル室内管弦楽団に献呈されています。

編成と配置

この作品の編成は、弦楽器群、打楽器群、チェレスタ、ピアノ、ハープ、シロフォンを含む多岐にわたる楽器で構成されます。バルトークは総譜に楽器の配置を詳細に指定しており、弦楽器群は指揮者の左右に二つに分けて対向させ、中央に打楽器、鍵盤楽器などが配置されるように指示しています。弦楽器群の対向配置は、作品中で立体的な音響効果を生み出す上で重要な役割を果たします。

編成の中で特徴的なのは、チェレスタが他の打楽器とは別に、題名に明記されている点です。これについては、バルトークが民族音楽の研究で触れたインドネシアのバリ・ガムランの影響であるとする説が有力視されています。作品中で多用されるチェレスタのグリッサンドは、確かに異国情緒を醸し出しています。ただし、初演当時のチェレスタは鍵盤の機構に難があり、特にソロパートの演奏は奏者にとって相当な困難を伴っただろうと推測されています。

楽曲構成

楽曲は、緩-急-緩-急の4つの楽章で構成されています。全体を通して、第1楽章の冒頭に現れる主題が形を変えながら各楽章に現れる「循環主題」として重要な役割を果たしています。バルトーク自身による分析に基づき、各楽章の構造と特徴は以下のようになります。

第1楽章 Andante tranquillo

イ調。変拍子の主題に基づく変則的なフーガです。静けさの中に高い緊張感をたたえています。弱音器をつけたヴィオラによる半音階的な主題で開始され、この主題が完全5度上や下で順次現れ、弦楽器群の音域が広がることでフーガが展開します。ティンパニの登場や、基音から最も遠い増四度の関係（変ホ音）でのクライマックスを経て、主題の転回形を用いながら徐々に静まり、開始と同じイ音で閉じられます。この楽章の構造には、フィボナッチ数列に関連する小節番号が用いられていることが指摘されています。

第2楽章 Allegro

ハ長調。二つの主題を持つソナタ形式の楽章です。第1楽章とは対照的に、明るく活気に満ちています。弦楽器の対向配置によるステレオ効果を活かした掛け合いが特徴的で、時にピアノや弦楽器も打楽器のように扱われる（バルトーク・ピッツィカート）箇所があります。第1楽章のフーガ主題から派生した明るい第1主題が提示され、推移を経て第2主題がト長調で現れます。展開部では第1主題が展開され、後に第4楽章の主題を予感させる楽想が挟まります。フガートを経た再現部では、全体が圧縮されつつも、第2主題が主調であるハ長調になるなど、古典的なソナタ形式の原則が踏襲されています。

第3楽章 Adagio

嬰へ調。バルトークの作品に特徴的な静かで神秘的な楽章、いわゆる「夜の歌」の典型です。全体はA-B-C-B-Aの五つの部分からなるアーチ形式（バルトーク自身は「ブリッジ構造」と呼んだ）で構成されます。各部分の間に、第1楽章の主題断片が効果的に配置されています。特に冒頭のティンパニのグリッサンドや木琴の即興的な音形が印象的で、全体としてはいささか不気味とも感じられる雰囲気を持ちます。

第4楽章 Allegro molto

イ長調。舞曲風の速い楽章です。形式的にはロンド形式の要素が強く、第1楽章の主題の反行形に由来するメイン主題（A主題）が中心となります。弦楽器の一群がイ長調のピッツィカートでリズムを刻む上で、もう一群が下降音形で主題を提示するなど、対向配置が活かされます。A主題は短くなったり、上下逆になったりしながら、何度も変奏されて登場します。後半には、第1楽章のテーマの音階が全音階に拡張された主題が現れ、チェロのカデンツァ風ソロを経て、目まぐるしくテンポが変化する中で熱狂的に曲を閉じます。

この作品にはバルトークの精緻な作曲技法が惜しみなく投入されていますが、それを聴衆に意識させることなく、純粋な音楽の感動をもたらすことに成功しています。これまでの民族音楽研究で培われた成果と、バロックのコンチェルト・グロッソにも通じる古典的な構成が見事に融合しており、バルトークの円熟期を代表する傑作として、数多くの演奏・録音がなされています。

この楽曲は、映画作品でも使用されています。例えば、スパイク・ジョーンズ監督の映画『マルコヴィッチの穴』では第2楽章が、スタンリー・キューブリック監督の映画『シャイニング』では第3楽章が効果的に用いられています。

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