サムイェー寺

サムイェー寺：チベット仏教の黎明と立体曼荼羅の世界

サムイェー寺（བསམ་ཡས bsam yas、桑耶寺）は、チベット仏教史上重要な意味を持つ、チベット最初の仏教僧院です。775年頃、ティソン・デツェン王の時代に、仏教復興の象徴として建立されました。その建築様式は、インドのオータンタブリー僧院をモデルにしたとされ、仏教の世界観を視覚的に表現した、他に類を見ない寺院となっています。

立体曼荼羅としての伽藍配置

サムイェー寺の最大の特徴は、その伽藍配置が仏教における宇宙観、特に曼荼羅を立体的に表現している点です。寺域の中心には、ひときわ高い本堂がそびえ立ち、これは世界の中心に位置する須弥山（スメール山）を象徴しています。本堂の周囲には、東西南北にそれぞれ四大部洲（大陸）を表す4つの大きな堂が配置され、南はインド亜大陸、西はオアシス世界、北は北アジアの遊牧世界、東は東アジアの中国世界を指すとされています。さらに、本堂の両脇には太陽と月を模した円形と半月形の堂が配されています。

本堂内部には、数多くの宗教壁画や仏像が安置され、重要な歴史的遺物も保存されています。多くのチベット人仏教徒が巡礼に訪れ、その神聖な空間で祈りを捧げます。

歴史：建立と宗論

寺院の建立には、興味深い伝承が残されています。当初、インドから招かれた僧シャーンタラクシタが寺院建設を試みましたが、建設は難航し、建造物は繰り返し崩壊しました。そこで、パドマサンバヴァが北インドから招かれ、寺院建設を妨げる魔物を調伏したと伝えられています。パドマサンバヴァは、タントラ的な修法と踊りによってティソン・デツェン王の支持を得、シャーンタラクシタと共にサムイェー寺の建立を成し遂げました。この出来事は、タントラ仏教がチベットで優勢となるきっかけとなり、サムイェー寺の建立は、チベット仏教の独自の宗派であるニンマ派の始まりともなりました。

また、サムイェー寺は、「サムイェー寺の宗論」の舞台としても知られています。この宗論は、インド仏教と中国仏教の教義の優劣を競うもので、インド仏教が勝利したことで、チベット仏教の方向性が決定づけられました。

近現代と影響

文化大革命の時代、サムイェー寺は大きな被害を受けましたが、1980年代以降、修復が進められ、現在では重要な巡礼地、観光地としてその姿を取り戻しています。1996年には、中華人民共和国の全国重点文物保護単位に指定されました。

サムイェー寺の建築様式は、チベット仏教がモンゴルや満州に伝播した後、各地に影響を与えました。熱河の普寧寺、北京の紫禁城の雨華閣、頤和園の四大部州などは、サムイェー寺のスタイルを受け継いだ代表的な寺院建築です。

サムイェー寺は、チベット仏教の歴史と文化を語る上で欠かすことのできない、貴重な遺産です。その壮大な伽藍配置と深遠な歴史は、訪れる人々を魅了し続けています。

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