パレルモ石

パレルモ石（Palermo Stone）

パレルモ石は、古代エジプト史、特に初期王朝時代から古王国時代にかけての歴史を解明する上で非常に価値の高い遺物です。「王室年誌（Royal Annals）」として知られる壮大な石碑の一部で、現在まで残されている七つの断片のうちの一つです。この石碑には、エジプトの第1王朝から第5王朝初期までのファラオ（王）の統治に関する記録が、年ごとの重要な出来事とともに刻まれています。その作成時期は、おそらく記録が途絶えている第5王朝の時代（紀元前2392年頃-2283年頃）と考えられています。

「パレルモ石」という名称は、この断片がイタリアのシチリア島パレルモにあるアントニオ・サリナス地域考古学博物館に収蔵されていることに由来します。ただし、この呼称が広義に用いられる場合、カイロやロンドンの博物館にある他の断片を含む、王室年誌の現存する全ての断片を指すこともあります。これらの断片群はまとめて「カイロ年代記石碑（Cairo Annals Stone）」と呼ばれることもありますが、「カイロ石（Cairo Stone）」という言葉は、現在カイロに保管されている断片のみを指す場合にも用いられます。

パレルモ石を含む王室年誌の断片は、古代エジプトに残された記録としては最も古い部類に属すると見なされており、古王国時代の歴史研究における主要な情報源となっています。

概要

パレルモ石が元々一部であった王室年誌の石碑全体は、高さ約60cm、幅約2.1mという大規模なものであったと推定されています。使用されている石材は、おそらく玄武岩のような硬質の黒い石です。パレルモ石自体は、不定形な盾のような形状をしており、最大で高さ43.5cm、幅25cm、厚さ6.5cmの大きさがあります。

表面には、右から左へ六行にわたるヒエログリフの碑文が刻まれています。一行目には、王朝が統一される以前のエジプト、特に下エジプト（赤い冠を識別子とする）の支配者たちの名が列挙されています。二行目以降は、第1王朝から第4王朝に至るファラオたちの年代記、つまり彼らの治世における主要な出来事が時系列で記録されています。二行目の冒頭は、第1王朝のある無名の王の最終年で始まっており、この王はナルメルあるいはホル・アハと推定されています。二行目の続きには、その王の後継者（ホル・アハかジェルと推定）の最初の九年間の記録が続きます。表面の残りの部分には、第4王朝までの年代記が継続しています。

記録は裏面にも及び、第5王朝の第三代王ネフェルイルカラー・カカイの治世までの出来事が記されています。現存する断片からは、元の石碑がこれより後の時代の記録を含んでいたかどうかは不明です。王の名前が記されている箇所には、王の母親の名前も記録されています。

記録内容は多岐にわたり、毎年のナイル川の水位測定値（ナイロメーター）、ナイルの氾濫、宗教的な祭儀の詳細、税の徴収記録、記念碑的な彫刻や建築物の建設、軍事的な遠征（戦争）などが含まれています。

考古学的な歴史と研究

王室年誌の石碑全体の本来の設置場所は不明であり、現存するどの断片もその正確な出土地点は分かっていません。カイロにある断片の一部はメンフィスの遺跡で発見されたという説や、他のカイロ断片は中エジプトで発見されたという説がありますが、パレルモ石自体の発見場所については定説がありません。

パレルモ石は、シチリアの弁護士フェルディナンド・グイダーノが1859年に購入し、1866年からパレルモにありました。1877年10月19日、グイダーノ家によってパレルモ考古学博物館に寄贈され、現在もそこで展示されています。

カイロのエジプト考古学博物館には、王室年誌の五つの断片が収蔵されています。そのうち四つは1895年から1914年の間に入手されたもので、五つ目は1963年に骨董市場で購入されました。さらに小さな断片の一つは、エジプト学者のフリンダーズ・ピートリーが1914年に購入したコレクションの一部として、ロンドンのユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンにあるピートリー博物館に保管されています。

パレルモ石の学術的な重要性は、1895年にフランスの考古学者が認識するまで十分に理解されていませんでした。最初の体系的な翻訳と出版は、1902年にドイツの学者ハインリッヒ・シェーファーによって行われました。

学術的な議論

パレルモ石を含む王室年誌の記録がいつ、どのように記されたかについては、いくつかの議論が存在します。碑文が一度にまとめて記されたのか、あるいは長年にわたって治世ごとに追記されていったのか、そして第5王朝の時代以降いつの時点で作製されたのかという点について議論があります。中には、もっと後の時代、例えばエジプト第25王朝時代（紀元前747年-656年）に記録されたとする見方もあります。しかし、碑文の内容自体は、そこに記された時代から直接に基づいている、すなわち古王国時代のオリジナルの記録を基にしていると考えられています。

現存する全ての断片が、元は一つの大きな石碑の一部だったのか、それとも複数の複製石碑に由来するのかについても議論があります。また、カイロに収蔵されている断片の一部が真贋について疑わしいとする説も存在します。

碑文は、その古さと保存状態が悪いため、解読が非常に困難です。さらに、もし碑文が第5王朝時代のオリジナルではなく後世の複製だった場合、転写の過程で何らかの誤りが生じた可能性も指摘されており、研究をより複雑にしています。

歴史的な重要性

パレルモ石および王室年誌の他の断片は、古王国時代の歴史を知る上で極めて重要な史料です。他の文献には見られない初期五王朝の王族（例えば王の母親）の名前などの情報が保存されています。

後の新王国時代に作られた王名表、例えばトリノ王名表（紀元前13世紀頃）やアビドス王名表（紀元前1294年-1279年頃）では、メネス（紀元前3100年頃-3000年頃）を第1王朝の初代王であり、エジプトを統一した人物と位置づけています。しかし、王室年誌の冒頭部分には、上下エジプトが統合される以前の時代の、いくつかの支配者たちの名前が記されており、エジプト統一以前の時代を描写していると考えられています。これらの統一以前の王を具体的に誰とするかについては、現在も学術的な議論が続いています。

古代ギリシャ・ローマ時代の歴史家マネトは、紀元前3世紀頃にエジプトの歴史書『アイギュプティカ（Aegyptiaca）』を編纂しましたが、彼はパレルモ石に類する情報源を参考にしました。現在残されているマネトの王名表の系統は、特にトリノ王名表のそれと最もよく類似しています。パレルモ石は、マネトのような後世の歴史家が古代エジプトの歴史を再構築する上で利用したであろう、一次史料の一例として非常に価値があります。

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