ピアノ協奏曲第3番 (バルトーク)

バルトーク：ピアノ協奏曲第3番 Sz. 119

ベーラ・バルトークのピアノ協奏曲第3番（Sz. 119）は、作曲家がアメリカ合衆国へ亡命していた最晩年の1945年に生み出された作品であり、自身でほぼ完成に至った彼の最後の作品です。

作曲の背景

この作品の構想は、作曲の数年前にさかのぼります。1940年8月、バルトークの楽譜を出版していたブージー&ホークス社の関係者から、新たなピアノ協奏曲の作曲を期待する手紙が届けられました。しかし、アメリカでの亡命生活になじめなかったことや、長年取り組んできた東欧の民族音楽研究に没頭していたこともあり、この構想は一旦保留されます。

その後、白血病の療養生活に入るバルトークでしたが、その中でも精力的に作曲を続け、委嘱作品である『管弦楽のための協奏曲』や『無伴奏ヴァイオリン・ソナタ』を完成させ、作曲家としての健在ぶりを示しました。こうした活動を受け、1945年の初頭には、ヴィオラ協奏曲を含む複数の新たな作曲依頼が舞い込みます。しかしバルトークは、同年2月21日付でアメリカ海兵隊に志願していた次男ペーテルに宛てた手紙の中で、一部の依頼を断る意向を示し、他の委嘱も引き受けない可能性に言及した上で、重要な計画を伝えています。

「私はお前の母さんのためにピアノ協奏曲を書くつもりだ。長い間計画が宙に浮いていたものだ。」

さらに、妻がこの曲を数カ所で演奏できれば、断った委嘱と同程度の収入が得られるだろうと付け加えています。この手紙の内容から、この頃、すなわち1945年2月頃にピアノ協奏曲第3番の作曲が開始されたと推測されています。この作品は、優れたピアニストであった妻ディッタへの誕生日プレゼントとして、そして彼女がレパートリーとして演奏することを念頭に置いたものであったと考えられています。作曲当時、バルトークは白血病の末期段階にありましたが、本人がその健康状態をどこまで自覚していたかは明らかになっていません。

完成と補筆

夏の終わり頃にスケッチが完成する頃には、バルトークの健康状態は急速に悪化していました。病床にありながら、彼は家族や友人である作曲家ティボール・シェルイらの助けを得て、懸命にオーケストレーションの作業を進めました。しかし、完成まであとわずかという段階で、1945年9月22日に病院に搬送され、作業は中断。そして4日後の9月26日、彼はこの世を去りました。

このため、終楽章のごく一部（約17小節に相当）が未完成のまま残されました。この部分は、息子のペーテルからの依頼により、シェルイが補筆・完成させました。シェルイによれば、バルトークはスケッチや総譜に管弦楽の指示を略記していたため、その補筆作業は指示に基づいて管弦楽を配置する比較的簡単なものであったと述べており、シェルイが後に補作したヴィオラ協奏曲と比較すると、はるかに容易だったそうです。現在一般的に用いられている出版譜は、息子のペーテルをはじめ、指揮者のゲオルク・ショルティ、初演者のシャーンドル・ジェルジらがバルトークのスケッチを改めて検証し、エンディング部分にさらなる補筆が加えられたものです。

初演

この作品の初演は、バルトークの死後間もない1946年2月8日に行われました。ソリストは、バルトーク自身もその腕前を高く評価していた弟子、シャーンドル・ジェルジが務めました。ユージン・オーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団が共演しています。

この作品を贈られた妻ディッタは、夫の死から長い年月を経た1960年代になって初めて録音を行い、その後も数回録音を残しましたが、生涯にわたりコンサートの場でこの曲を演奏することはなかったと伝えられています。

作品の特徴

このピアノ協奏曲第3番は、バルトーク独自の和声語法を用いながらも、全体的には安定した調性感を保っており、彼の他の作品で見られるような無調性や複調性が前面に出されることは少ないのが特徴です。特にアメリカ亡命後の作品群の中では、最も伝統的な書法への回帰が顕著な作品とされています。

かつてはピエール・ブーレーズのような前衛的な音楽家から「退嬰的」と評され、演奏や録音を敬遠された時期もありましたが、現在では評価が見直され、バルトークの円熟期を代表する傑作の一つとして高く評価されています。この評価の変化には、この作品が以前のピアノ協奏曲とは異なり、作曲者自身が演奏することを前提としていなかった点、作曲にあたり当時のアメリカ音楽界で好まれていたロマン派的な趣味を意識した可能性が指摘されている点、そして、その職人的な作曲技法には一切の衰えが見られない点などが考慮されています。

演奏面では、彼の他のピアノ協奏曲（第1番、第2番）と比較して、打楽器的な要素や強靭さが要求される場面が抑えられており、技術的に取り組みやすい側面があると言われます。バルトークは常に独奏楽器とオーケストラの関係性を重視しましたが、この作品では、以前の協奏曲に比べるとオーケストラの役割はやや控えめに書かれています。

楽章構成

作品は以下の3つの楽章から構成されており、全曲の演奏時間はおよそ24分です。

第1楽章 Allegretto
伝統的なソナタ形式（ただし協奏ソナタ形式は採用していない）が用いられています。ホ長調で書かれており、冒頭ではピアノが両手のユニゾンで旋律を提示します。この開始の手法は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番との類似が指摘されることがあります。

第2楽章 Adagio religioso
三部形式による緩徐楽章です。ハ調の教会旋法に基づいています。弦楽器によるコラールとピアノが交わす対話は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番の緩徐楽章を思わせる性格を持っています。中間部では、ピアノや木管楽器に断片的な動機が現れ、ややスケルツォ的な雰囲気を漂わせます。

第3楽章 Allegro vivace
ロンド形式で書かれています。『管弦楽のための協奏曲』の終楽章にも通じる、民族舞曲風の主題がロンド主題として用いられています。この主題が回帰する間に、フーガ風のパッセージや歌謡的な主題が挿入され、変化に富んだ音楽が展開されます。

なお、バルトークは病床での最後の作業の中で、この終楽章の発想記号やメトロノーム指示を総譜に書き込むことができませんでした。これらの指示はシェルイが補筆時に書き加えたものであり、出版譜にはその旨の注意書きが残されています。

編成

フルート2（ピッコロ持ち替え）
オーボエ2（イングリッシュホルン持ち替え）
クラリネット2（バスクラリネット持ち替え）
ファゴット2
ホルン4
トランペット2
トロンボーン3
チューバ
ティンパニ
シロフォン
トライアングル
小太鼓
シンバル
大太鼓
タムタム
* 弦五部

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