ハムダーン朝

ハムダーン朝：アッバース朝の衰退期に現れたイスラム王朝

ハムダーン朝は、9世紀後半から11世紀初頭にかけて、現在のイラク北部とシリア北部を支配したイスラム王朝です。アッバース朝の権力が衰え、地方勢力が台頭する時代において、その名を歴史に刻みました。

ハムダーン朝の起源は、ユーフラテス川上流域に居住していたアラブのタグリブ部族にあります。9世紀、アッバース朝が弱体化する中、タグリブ部族は勢力を拡大。その中でも特に活躍したのが、ハムダーン・イブン・ハムドゥーンでした。彼は890年、アナトリア南東部のマルディン（現在のトルコ）の総督に任命され、ハムダーン朝の礎を築いたのです。

ハムダーンの子息たちもアッバース朝に仕え、軍事的にも重要な役割を果たしました。中でもアブドゥッラー・イブン・ハムダーン（アブル・ハイジャー）は906年、モースル（現在のイラク北部）の総督に就任。彼の死後、息子ハサンが後を継ぎ、アッバース朝との交渉を通じてジャズィーラ地方の支配権を認めさせられました。

この頃のアッバース朝カリフは、バグダードにおいても実権を大アミールに奪われており、大アミールを巡る争いが激化していました。モースルを支配するハムダーン朝もこの争いに介入し、942年にはイラク中部へ進軍。大アミールであったイブン・ラーイクを殺害し、バグダードに入城したハサンは「ナースィル・アッダウラ（国家の守護者）」の称号を与えられ、大アミールとなりました。しかし、その栄光は長くは続かず、945年には東方のブワイフ朝がイラクへ進出し、アッバース朝の保護権を奪取。ハムダーン朝はブワイフ朝とバグダードの支配権を巡って争うことになります。

一方、942年のバグダード侵攻でハサンを支援した弟のアリーは、「サイフ・アッダウラ（国家の剣）」の称号を得ていました。彼は944年、シリア地方へ進軍しアレッポを占拠、兄の宗主権下で地方政権を樹立しました。エジプトのイフシード朝と協定を結びシリア地方を分割し、シリア北部からトルコ南東部、イラク北西部に至る広い地域を支配下に置きました。しかし、東ローマ帝国の攻勢にも直面し、キリキア地方の領土を失うことになります。それでも、サイフ・アッダウラはジハードを掲げて抵抗し続け、勇敢な戦士として名を残しました。彼は文芸の保護者としても知られており、アレッポの宮廷には多くの文人が集まり、アラブ文学は隆盛を極めました。

967年、ナースィル・アッダウラとサイフ・アッダウラが相次いで亡くなると、ハムダーン朝の勢力は衰え始めます。アレッポ政権はアレッポとホムスをわずかに領有するのみとなり、エジプト・シリアを支配するファーティマ朝の庇護下に入りました。979年にはモースル政権がブワイフ朝に敗北し、屈服。990年にはモースルをウカイル朝に奪われ、北イラクと東アナトリアはウカイル朝とマルワーン朝によって分割されました。アレッポ政権はその後も続きましたが、1004年に王家が断絶し、ファーティマ朝に併合され、ハムダーン朝の歴史に幕を閉じました。

ハムダーン朝は短命ではありましたが、アッバース朝の衰退期に独自の勢力を築き、バグダード進出を果たすなど、大きな影響力を持つ王朝でした。また、文芸保護にも力を注ぎ、アラブ文化の発展にも貢献した王朝として記憶されています。

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