プブリウス・ウァティニウス

プブリウス・ウァティニウス：カエサルの片腕として生きた政治家

プブリウス・ウァティニウス（紀元前95年頃 - 紀元前42年頃）は、共和政ローマのプレプス（平民）出身の政務官であり、紀元前47年には執政官（コンスル）を務めました。彼は、ガイウス・ユリウス・カエサルを5年間属州総督とする特権を与える法律を制定し、カエサルのガリア戦争勝利のきっかけを作った人物として知られています。

出自と初期の経歴

ウァティニウス氏族は、紀元前2世紀から記録に現れるプレプス系の氏族ですが、その来歴は不明な点が多く残されています。元々はサビニ族の土地であるレアテ（現在のリエーティ）に住んでいたとされています。伝説によれば、第三次マケドニア戦争（紀元前168年）において、ウァティニウスの祖父がディオスクーロイからの知らせでマケドニア王ペルセウスを捕虜とし、その功績によって軍務と土地分配を免除されたと伝えられています。

ウァティニウスは紀元前95年頃に生まれたと考えられています。若い頃から多くの著名なローマ人と親交があり、紀元前67年の護民官ガイウス・コルネリウスや、キケロとの共通の友人であるセクストゥス・セルウィリウスなどがいました。彼の政治キャリアは、法廷での演説から始まりました。プルタルコスによれば、彼の演説は、当局に対して横柄で傲慢な態度を取る点で異彩を放っていたとされています。

紀元前63年には財務官（クァエストル）に就任しますが、その選出は前年の執政官の影響力によるものだとキケロは考えていました。財務官として、最初はローマへの水の供給を担当し、その後キケロによって港湾都市プテオリに派遣され、金銀の輸出を防ぐ任務に就きます。しかし、その高圧的な態度から市民の不満を買い、キケロによって解任されることとなりました。

紀元前62年には、ヒスパニア・ウルテリオル属州総督ガイウス・コスコニウスのレガトゥス（副官）となります。この際、元老院の許可を得ずにサルディニアとアフリカ属州を経由するという通常とは異なる経路でヒスパニアへ向かい、アフリカではヌミディア王ヒエンプサル2世と会見しています。これは、彼らを傭兵として雇用することを想定したものであったと考えられています。しかし、ヒスパニアでの働きぶりも芳しくなく、キケロからは強奪と強要を行ったと非難されています。

護民官時代とカエサルとの関係

紀元前59年、ウァティニウスは護民官に就任します。同年の執政官は、民衆派のカエサルと門閥派のマルクス・カルプルニウス・ビブルスであり、激しく対立していました。ウァティニウスは、カエサルを支持する護民官として活動し、民会でのカエサルの農地法案の議論の際には、ビブルスとその支持者をフォルムから締め出すなど、強硬な手段も用いました。

紀元前59年の終わりには、後のローマの歴史に大きな影響を与えることになる「ウァティニウス法」（Lex Vatinia de provincia Caesaris）を成立させます。この法律によって、カエサルは執政官任期完了後にガリア・キサルピナ属州とイリュリクム属州の総督を5年間務めることになり、絶大な権力を握ることとなりました。この法律は、カエサルのガリア戦争開始の大きなきっかけとなり、彼の勢力拡大に大きく貢献しました。

カエサルの副官として

紀元前59年12月10日、護民官任期終了とともに、カエサルはウァティニウスをレガトゥス（副官）に任じます。しかし、ウァティニウス法に不満を持つカエサルの政敵から告訴され、裁判を受けることとなります。紀元前58年3月には、カエサルと共に北へ向かい、ガリア・トランサルピナ、あるいはキサルピナに滞在したと考えられています。しかし、ガリア戦争におけるウァティニウスの具体的な活動は記録されていません。

紀元前57年にはアエディリスに立候補しますが、落選してキケロを喜ばせました。紀元前56年には、ミロ裁判とセスティウス裁判の証人となりますが、どちらの裁判でも被告は無罪となりました。

法務官、そして内戦へ

紀元前55年、ウァティニウスは法務官に当選します。法務官任期完了後には、収賄罪で告訴されますが、キケロの弁護によって無罪となります。紀元前51年には、カエサルのレガトゥスとして再びガリアに戻り、紀元前49年に始まったカエサルのローマ内戦では、カエサルと共に戦います。ギリシアでは、カエサルからポンペイウスとの講和交渉の使者として派遣され、ファルサルスの戦いには参加せずに、ブルディンシウムをポンペイウスの艦隊から防衛する任務に就きました。

執政官、そして最期

その功績が認められ、紀元前47年には執政官に就任し、アウグル（鳥卜官）にも選出されます。紀元前46年には、3個軍団を率いてイリュリクムへ出征し、ポンペイウス派の残党を打ち破り、小凱旋式を実施しました。

紀元前44年にカエサルが暗殺されると、ウァティニウスは軍を率いてマルクス・ユニウス・ブルトゥスに降伏せざるを得ませんでした。ブルトゥスがマケドニア属州総督となると、ウァティニウスの軍もマケドニアに移動しました。

紀元前42年7月31日、イリュリクムでの勝利を祝って凱旋式を挙行しますが、これ以降の記録はなく、おそらくこの後亡くなったものと考えられています。

プブリウス・ウァティニウスは、カエサルの腹心として、共和政ローマ末期の激動の時代を生き抜いた政治家でした。彼の業績は、カエサルの権力掌握とローマ帝国の成立に大きく貢献したと言えるでしょう。

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