ペイトイア

ペイトイア

ペイトイア（学名：Peytoia）は、今からおよそ5億年前のカンブリア紀に地球上に存在したラディオドンタ類に属する節足動物の一種です。この仲間は、アノマロカリスが特に有名ですが、ペイトイアもまたその代表的な存在の一つとして知られています。かつてはラガニア（Laggania）という学名が広く用いられていましたが、近年の研究によりペイトイアの方が有効な名称とされています。主に北アメリカ大陸で化石が発見されており、カナダのバージェス頁岩から見つかった模式種（タイプ種）であるペイトイア・ナトルスティ（Peytoia nathorsti）の化石が特に有名です。

形態

ペイトイアは、特有の楕円形の胴体が特徴で、明確な尾部を持ちません。同じフルディア科に分類される種に典型的な頑丈な体つきと、アノマロカリスに匹敵するほどよく発達した鰭を備えています。模式種であるPeytoia nathorstiについては、全身の構造が比較的詳細に分かっています。全身化石から推定される最大の体長は13cm程度ですが、単離して見つかる大きな前部付属肢のサイズから計算すると、実際にはフルディアと同程度の30cm前後に達した可能性が示唆されています。

頭部

頭部は縦長の半円形で、体長の約3分の1を占めるほど大型ですが、他のフルディア科の種ほど極端ではありません。頭部の腹面前方には一対の頑丈な前部付属肢があり、その直後に放射状に並んだ歯を持つ口が配置されています。頭部の背面両側には、短い柄を介して一対の発達した複眼が備わります。また、一部の研究では、頭部前面の中央にもう一つ単眼があった可能性も指摘されています。頭部を覆う甲皮は、化石の保存状態が悪く、その全体像は不明瞭ですが、背面と腹面、そして左右を覆う構造があったと考えられています。

前部付属肢

口のすぐ前、頭部の前端付近に位置する一対の前部付属肢は、熊手のような形状をしており、非常に頑丈です。これは十数節（通常11節、先端の爪を含めると13節）に分かれ、特に第2節から第6節にかけての腹側には、内側に湾曲し、前縁に小さな突起を持つブレード状の内突起が5本並びます。背面側には一列の棘があり、先端のものは鉤爪状に発達しています。P. nathorstiでは、さらに内側にもう一列の棘や、基部の節に小さな内突起があることが分かっています。

口と歯

前部付属肢の直後にある口器は、「オーラルコーン」と呼ばれ、ラディオドンタ類に典型的な十字放射状の構造をしています。合計32枚の歯が放射状に並び、十字方向の4枚が特に大きく発達し、その間のスペースにはそれぞれ7枚の細い歯が配置されています。歯の表面は滑らかで、開口部は大きな正方形を呈しています。十字方向の歯には内側に3本、それ以外の歯には2本の小さな棘が見られます。化石では歯が円形や楕円形、長方形に見えることがありますが、これは化石化の過程での変形と考えられており、本来は円形であったと推定されています。

胴部

胴体は、頭部に隠された退化的な前の3節と、体長の大部分を占める11節の胴節から構成されます。各胴節には、鰓として機能したと考えられる櫛状の構造（鰓弁）が付属しており、これは背側全体を覆い、左右に分かれていません。胴節は後方に向かって集約し、尾部は単なる台形の突起で、尾扇のような構造はありません。

胴節の腹側からは、丸みを帯びた三角形の鰭が一対ずつ張り出しています。これらの鰭には、その前半部に平行な脈が見られます。頭部に覆われた前の3対の鰭は短いですが、それ以降の11対の発達した鰭は、全体としてひし形の輪郭を描くように、前方から後方へ向かうにつれて徐々に短くなっています。また、胴節の背側にも、エーギロカシスやフルディアに見られるような短い鰭が一対ずつ存在します。

生態

ペイトイアは遊泳性の肉食動物だったと考えられています。腹側の鰭を波打たせることで水中を移動し、背側の鰭はバランスを保つ役割を果たしたと推測されます。ペイトイアは、比較的低速での遊泳に適したフルディア科の特徴である頑丈な体型と、より活発なアノマロカリスのような発達した鰭を併せ持っています。このことから、その機動性はアノマロカリスほど高くはないものの、他のフルディア科の種より優れており、両者の中間程度であったと考えられています。

以前は、ペイトイアは堆積物中の微細な有機物を濾し取って食べる濾過摂食者だと考えられていましたが、前部付属肢の内突起の構造が濾過に適さないことから、現在ではこの説は否定されています。むしろ、熊手状の前部付属肢を使って海底の堆積物をふるい分け、その中に含まれる底生生物を捕食していたという説が有力です。前部付属肢には内側の棘と鉤爪状の棘もあり、これは他のフルディア科の種よりも捕食者としての能力が高く、獲物をしっかりと挟んで分解するのに役立ったと考えられています。また、胴部の背側の節間膜が他のフルディア科より広いため、前部付属肢の可動域が大きかった可能性も指摘されています。左右の前部付属肢を合わせると、直径6cmから10cm程度の比較的大きな餌も捕獲できたと推定されており、アノマロカリスやフルディアとは異なるタイプの、硬質で大型の底生性動物を主な獲物としていた可能性が考えられています。

分布と生息時代

ペイトイアの化石は、主に北アメリカ（カナダ、アメリカ）から発見されていますが、ポーランドや中国からも報告があります。模式種であるPeytoia nathorstiは、カナダのバージェス頁岩（ウリューアン期、約5億900万年〜5億450万年前）やアメリカのウィーラー頁岩（ドラミアン期、約5億450万年〜5億50万年前）などから見つかります。ペイトイア・インフェルカンブリエンシス（Peytoia infercambriensis）は、ラディオドンタ類全体で最も古い既知の種の一つとされており、ポーランドのより古い地層（カンブリア紀第三期、約5億2100万年〜5億1400万年前）から発見されています。中国やポーランドからは、さらに新しい時代の地層（カンブリア紀第四期やジャンシャニアン期、約5億1400万年〜4億8950万年前）からもペイトイアの可能性のある化石が見つかっています。これらの発見から、ペイトイア属はカンブリア紀の比較的早期から後期にかけて広く生息し、フルディア科の属の中では最も長い生息期間を持っていたと考えられています。

分類

ペイトイアは、ラディオドンタ類の中でも、エーギロカシスやフルディアなどと共にフルディア科（Hurdiidae）に分類されています。近年の系統解析では、フルディア科の中では比較的初期に分岐したグループの一つであるスタンレイカリスなどと近縁な、基盤的な位置にあるとされています。

現在、ペイトイア属には正式に命名された種として、模式種のPeytoia nathorstiとPeytoia infercambriensisの2種が知られています。P. nathorstiは全身化石が多数発見されていますが、P. infercambriensisは不完全な前部付属肢の化石一点のみで知られています。この2種は、前部付属肢の内突起の幅やその前縁の鋸歯の形状によって区別されます。

研究史

特に模式種Peytoia nathorstiは、その研究の歴史が非常に複雑で、当初は体の各部位が全く別の生物だと考えられていました。20世紀初頭に化石が発見された際、胴体はナマコの一種「ラガニア」、歯はクラゲの一種「ペイトイア」、そして前部付属肢は別の節足動物（シドネイア）の付属肢と、それぞれ別々に命名されました。1970年代に胴体と歯が同じ個体に属することが示唆されましたが、まだ別の動物と共存している化石と解釈されていました。

転機が訪れたのは1980年代で、全身が揃った化石が発見されたことで、これらの部位が一つの動物ラディオドンタ類に由来することが明らかになりました。当初は、同じ地層から見つかるアノマロカリスと多くの特徴が似ていると考えられ、アノマロカリス属の一種「アナマロカリス・ナトルスティ」として再分類されました。しかし、1990年代にアノマロカリスの全身化石がさらに詳細に研究されると、両者の間に多くの相違点があることが判明し、ペイトイアはアノマロカリスから分離され、再び独立した属として扱われるようになりました。この際、アノマロカリスの歯がペイトイアのものと同型だと誤解されていたため、混乱を避けるためにかつて胴体に付けられた「ラガニア」という学名が一時的に使用されました。

21世紀に入ると、アノマロカリスの歯がペイトイアとは異なることが明らかになり、また初期の研究者モリスの見解が再評価された結果、学名は再び「ペイトイア・ナトルスティ」に戻されました。前部付属肢についても、フルディアなど他の属のものとの混同が解消され、未命名の化石との区別も進みました。頭部の甲皮の存在や、腹側の鰭に付属する構造が鰓であることなど、形態に関する新たな知見も継続的に得られています。特に2021年には、前部付属肢の基部に小さな内突起が存在することや、先端の爪が2節からなることが明らかになり、付属肢の節数が13節に修正されるなど、研究は現在も進行中です。

もう一つの種であるPeytoia infercambriensisについても、最初は別の節足動物として記載されましたが、後にその前部付属肢がペイトイア・ナトルスティと類似していることが認められ、ペイトイア属に分類されるに至りました。このように、ペイトイアの研究史は、古生物学における知見の蓄積と解釈の変遷を示す興味深い事例と言えます。

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