ペール・ギュント (グリーグ)

ペール・ギュントについて

『ペール・ギュント』（Peer Gynt）作品23は、ノルウェーの作曲家エドヴァルド・グリーグが、劇作家ヘンリック・イプセンの同名戯曲のために作曲した劇付随音楽です。グリーグの代表作の一つとして知られ、特に2つの管弦楽組曲（作品46と作品55）が有名です。これらの組曲は、原曲から選ばれた楽曲を再構成したもので、演奏会用としても広く親しまれています。また、グリーグ自身による編曲で、いくつかの曲がピアノ独奏曲やピアノ伴奏歌曲としても存在します。

この劇付随音楽は、高名な作品の中では珍しく、劇そのものの初演のために作曲された点が特徴です。音楽は、劇の場面を彩り、物語の進行を助ける重要な役割を担っています。

作曲の経緯

イプセンが1867年に書いた戯曲『ペール・ギュント』は、もともと上演を目的としない読書劇（レーゼドラマ）でした。しかし、後にイプセン自身が舞台上演を企画し、舞台向きではないこの作品の弱点を補うために音楽の力を借りることを考えました。そこで1874年、イプセンは同郷で当時作曲家として頭角を現していたグリーグに劇音楽の作曲を依頼しました。

グリーグは当初、自身の作風が小品向きであり、劇的でスケールの大きな舞台作品には向かないと考えていたため、依頼を断ろうとしました。しかし、高額な報酬と、民族的な題材への作曲に興味を引かれたことから、最終的に作曲を引き受けることになりました。作曲は1874年に開始されましたが、難航し、完成したのは翌1875年でした。

1876年2月24日、『ペール・ギュント』の舞台上演がクリスチャニア（現オスロ）の王立劇場で初演を迎えました。音楽の指揮はヨハン・ヘンヌムが担当しました。イプセンの狙い通り、上演は音楽の力もあって成功を収めましたが、一方で、近代的な風刺を含むイプセンの戯曲に対して、グリーグの音楽がロマンティックに過ぎるという批判も一部にありました。

グリーグはその後、再演のたびに改訂を重ね、1885年、1887年から1888年、1890年から1891年、1901年から1902年にかけて改訂が行われました。

楽譜は1876年にパート譜のみが出版され、1908年にドイツのペータース社から出版されました。しかし、全曲版が完全な形で出版されたのは1987年のことです。

楽器編成

『ペール・ギュント』の楽器編成は、以下の通りです。

ピッコロ
フルート2（第1奏者はピッコロ持ち替え）
オーボエ2
クラリネット2
ファゴット2
ホルン4
トランペット2
トロンボーン3
チューバ
ティンパニ
大太鼓
小太鼓
シンバル
タムタム
トライアングル
タンブリン
シロフォン
鐘
ハープ
オルガン
ピアノ
ハリングフェーレ（またはヴィオラ独奏）
弦五部
独唱
合唱

組曲版では、これらの編成から声楽、オルガン、ピアノなどが省かれています。

構成（作品23）

グリーグが作曲した劇付随音楽は、全27曲（番号付き26曲と番号なし1曲）から構成されています。演奏時間は、第1幕約8分、第2幕約22分、第3幕約7分、第4幕約28分、第5幕約20分で、合計約85分となります。また、ヨハン・ハルヴォルセンがグリーグのピアノ曲を編曲した追加曲も存在します。

各幕の構成は以下の通りです。

第1幕

1. 婚礼の場で
第1幕への前奏曲。
「結婚式の主題」や「ソルヴェイの歌」の主題が用いられています。
ハリングフェーレ（またはヴィオラ）独奏によるハリング舞曲や跳躍舞曲の主題も現れます。
追加曲：花嫁の行列の通過（ハルヴォルセンがピアノ曲を管弦楽編曲したもの）
2. ハリング舞曲
3. 跳躍舞曲

第2幕

4. 花嫁の略奪とイングリの嘆き
第2幕への前奏曲。
5. ペール・ギュントと山羊追いの女たち（女声三重唱）
6. ペール・ギュントと緑衣の女
7. ペール・ギュント「育ちのよさは馬具見りゃわかる」
8. ドヴレ山の魔王の広間にて（男声合唱が加わる）
9. ドヴレ山の魔王の娘の踊り
10. ペール・ギュントはトロルに追い回される
11. ペール・ギュントとベイグ

第3幕

12. オーセの死
第3幕への前奏曲（弦楽合奏による）。
番号なしの1曲があり、第12曲にペールの台詞が乗せて奏でられます。

第4幕

13. 朝のすがすがしさ
第4幕への前奏曲。
14. 盗賊と密売者（盗賊と密売者が交互に歌う）
15. アラビアの踊り（女声二部合唱と独唱（アニトラ）が加わる）
16. アニトラの踊り（弦楽合奏とトライアングルによる）
17. ペール・ギュントのセレナーデ（バリトン独唱）
18. ペール・ギュントとアニトラ
19. ソルヴェイの歌（舞台裏の歌手が歌う）
20. メムノン像の前のペール・ギュント

第5幕

21. ペール・ギュントの帰郷、海の嵐の夕方
22. 難破
23. 小屋でソルヴェイが歌っている（第19曲の旋律を歌詞を変えてト短調で歌う）
24. 夜の情景
25. ペンテコステの賛美歌「祝福の朝なり」（無伴奏のユニゾンによるコラール）
26. ソルヴェイの子守唄（女声独唱）

組曲版

『ペール・ギュント』からは、以下の2つの管弦楽組曲が編まれています。

第1組曲 作品46（1891年編曲）

1. 朝
2. オーセの死
3. アニトラの踊り
4. 山の魔王の宮殿にて

第2組曲 作品55（1892年編曲、1893年改訂）

1. イングリッドの嘆き
2. アラビアの踊り
3. ペール・ギュントの帰郷
4. ソルヴェイの歌

組曲では、原曲から選ばれた楽曲が再構成され、演奏会用として親しまれています。特に「朝」や「山の魔王の宮殿にて」は、単独の楽曲としても広く知られています。

その他の編曲

「ソルヴェイの歌」と「ソルヴェイの子守唄」は、管弦楽伴奏歌曲集『6つの歌』（作品番号なし、EG.177）に収録されています。また、「ソルヴェイの歌」はピアノ独奏用にも編曲され、ピアノ曲集『自作の歌曲によるピアノ曲 第2集』作品52に収録されています。他にも、組曲の各曲や、当初第2組曲に含まれていた「山の魔王の娘の踊り」についてもピアノ独奏版が存在します。

使用された作品

『ペール・ギュント』の楽曲は、様々な形で他の作品やメディアに使用されています。

複数曲
レインボーの「Hall of the Mountain King」は「山の魔王の宮殿にて」のロックアレンジ。
エレクトリック・ライト・オーケストラの「In the Hall of the Mountain King」も「山の魔王の宮殿にて」のロックアレンジ。
ゲーム『キャプテンシルバー』に「アニトラの踊り」と「山の魔王の宮殿にて」の一部が引用。
朝
文化放送の番組『朝の小鳥』のテーマ曲。
山の魔王の宮殿にて
阪神タイガースの応援ソングとして使用。
ALI PROJECTの楽曲『地獄の季節』に一部が引用。
Classic Mac OS、macOSのText-To-Speechの「Cellos」は、テキストをこの曲の旋律で読み上げ。
ザ・フーの「Hall of the Mountain King」はロックアレンジ。
リック・ウェイクマン、エッグ、ハロウィンなどの楽曲にも一部引用。
ゲーム『パロディウス』シリーズのBGMとして使用。
映画「M」では、連続殺人鬼がこの曲を口笛で吹いている。
キャプテン・ジャックの楽曲にメロディが使用。
沢田研二の楽曲『6番目のユ・ウ・ウ・ツ』に旋律が使用。
情報番組『ニュースな晩餐会』のテーマ曲に使用。
チャラン・ポ・ランタンの楽曲に引用・アレンジ。
テレビドラマ『家政夫のミタゾノ』の修羅場シーンで使用。
ゲーム『The Witness』のタイマーとして使用。
映画『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』に使用。
アラビアの踊り
ゲーム『サルゲッチュ3』で使用。
ソルヴェイの歌
キャメロットの楽曲に一部が引用。
NHK『みんなのうた』で歌詞をつけて放送。
アニメ映画『わが青春のアルカディア』に一部が引用。

参考文献

『作曲家別名曲解説ライブラリー18 北欧の巨匠 グリーグ/ニールセン/シベリウス』（音楽之友社、1994年）

外部リンク

劇付随音楽「ペール・ギュント」作品23の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)
「ペール・ギュント」第1組曲 作品46の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)
「ペール・ギュント」第2組曲 作品55の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)

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