ボニファティウス8世 (ローマ教皇)

ボニファティウス8世

ボニファティウス8世（1235年頃 - 1303年10月11日）は、1294年から1303年にかけてローマ教会の首座を務めた教皇です。フランス王フィリップ4世およびローマの名門貴族コロンナ家との間で深刻な対立を繰り広げ、教皇権の至上性を強く唱えたことで知られます。その治世は波乱に満ち、特に晩年に発生したアナーニ事件の直後に急逝したことは歴史に大きな衝撃を与えました。また、学術や文化の保護に熱心であった一面も持ち合わせています。

生涯と教皇への道

本名をベネデット・カエターニといった彼は、ローマ南東のアナーニに根差す名門貴族の出身でした。法学、特に教会法を深く学び、歴代教皇が避暑に利用したスポレートなどで研鑽を積みます。パリやローマの聖堂参事会で経験を重ね、1276年にローマ教皇庁に入りました。その後、枢機卿に昇進し、教皇特使としてイタリア各地やフランスを奔走することで、幅広い階層に知己を得ました。

第192代教皇ケレスティヌス5世は、その清廉な人柄とは裏腹に教皇としての職務に重圧を感じ、在位数ヶ月で退位を望みました。教会法の専門家であったカエターニ枢機卿は、この異例の事態において、存命中の教皇が辞任するための法的助言を与えたとされています。このケレスティヌス5世の退位には、毎夜のように教皇の寝室に伝声管を通して退位を促す声を届け、心身を衰弱させたというカエターニ枢機卿自身の暗躍があったとする説も伝えられています。ケレスティヌス5世の退位後、改めて開催された教皇選挙会議（コンクラーヴェ）の結果、ベネデット・カエターニが選出され、ボニファティウス8世として教皇の座に就きました。

権力闘争と政治手腕

ボニファティウス8世の就任後、最初に着手したのは、前教皇がナポリ王カルロ2世の影響下に置かれていた状況を是正することでした。教皇宮をナポリからローマへ戻し、カルロ2世が推挙した人物を罷免するなど、世俗権力からの独立性を強調しました。また、シチリア島の支配権回復にも強い意欲を示しましたが、これは事実上の支配者であったアラゴン王ハイメ2世との対立を招きました。

ローマの有力貴族であるコロンナ家は、当初から新教皇の傲慢な態度に反感を抱いていましたが、特に教皇のシチリア政策に反対の立場をとっていました。彼らは前教皇ケレスティヌス5世の退位の合法性に疑問を呈し、ボニファティウス8世の正統性を揺るがそうと試みます。これに対し、ボニファティウス8世は自身の地位を守るため、退位したケレスティヌスを幽閉しました。1297年にはコロンナ家が教皇の財産を強奪するという実力行使に出ると、教皇はコロンナ家当主とその一族を破門し、討伐のための「十字軍」を招集しました。コロンナ家は一時的に屈服しましたが、後に反乱を起こし、フランスへと逃れました。

フランス王フィリップ4世との対立もボニファティウス8世の治世を象徴する出来事です。フィリップ4世が長期の戦争費用を捻出するため、教会を含む全国的な課税を導入したことに、教皇は強く反発しました。教皇権の至上性を掲げるボニファティウス8世にとって、聖職者への課税は許容できないものであり、これを禁止する勅書を発布します。この対立は一時、教皇がフィリップ4世の祖父ルイ9世を列聖したことで緩和されますが、両者の根深い緊張は解消されませんでした。

聖年と文化・学術の振興

教皇庁の財政はフランス王による教会課税などで苦境に陥っていましたが、ボニファティウス8世はこれを改善すべく、1300年を「聖年」と定め、盛大な祭典を催しました。これは史上初の聖年であり、この期間にローマを巡礼した者には天国への道が約束されると布告したため、ヨーロッパ中から多くの巡礼者が集まり、ローマ教会の財政は大いに潤いました。この時期、ジョットのような著名な芸術家がローマに集まり、サン・ピエトロ大聖堂などが改修されるなど、ローマは繁栄を迎えました。ボニファティウス自身も自身の彫像を多数制作させるなど、自己顕示欲の強い一面もありました。また、彼は聖職者の教育を重視し、1303年にはローマ大学（ラ・サピエンツァ大学）を設立するなど、学術・文化の保護者としての顔も持ち合わせていました。

フィレンツェへの干渉とダンテ

政治的には、イタリアの都市国家フィレンツェの内政にも積極的に介入しました。フィレンツェの教皇派内部の抗争（黒派と白派）を煽動し、自身の支配下に置こうと画策します。白派に属していた詩人ダンテ・アリギエーリは、フィレンツェの指導者の一人として教皇庁からの要求を拒否しましたが、これが原因で教皇と対立し、最終的にフィレンツェを永久追放されることとなりました。ダンテは代表作『神曲』の中で、ボニファティウス8世を地獄に堕ちた教皇として強烈に批判的に描写しています。

フランシスコ会と教会の清貧問題

13世紀、清貧を重んじるフランシスコ会は教皇庁の厚遇を受けていましたが、その特権は各地の司教との間に軋轢を生んでいました。貨幣経済の発展に伴い、司教たちが司牧活動からの収入に依存するようになる中で、フランシスコ会の特権は教会法の明確な規定に基づかないまま拡大していたからです。ボニファティウス8世は、この問題に終止符を打つべく、1300年に教皇勅書「スーペル・カテドラム」を発布し、一部の例外を除いてフランシスコ会の司牧特権を制限しました。また、フランシスコ会の一部に広まっていた、ヨアキム主義に影響を受けた清貧を厳格に追求する少数派（スピリトゥアル主義）を、前教皇ケレスティヌス5世が擁護したのに対し、ボニファティウス8世はこれを弾劾しました。

アナーニ事件と最期

フランス王フィリップ4世が再び教会への課税を試みると、ボニファティウス8世は1302年に有名な教皇回勅「ウナム・サンクタム」を発布し、教皇権は地上のいかなる権力にも優越し、それに服従しない者は救われないと力強く宣言しました。これは歴代教皇による教皇首位権の主張の中でも最も明確なものでした。対するフィリップ4世は、フランス国内の支持を得るため三部会を招集し、教皇への対決姿勢を鮮明に打ち出しました。両者の対立は決裂に至り、フィリップ4世は腹心ギヨーム・ド・ノガレに命じ、教皇の捕縛を計画します。ノガレは、教皇に追放されていたコロンナ家と結託し、1303年9月、教皇が滞在していたアナーニを襲撃しました。これがアナーニ事件です。

ノガレとコロンナ家の一員シアッラ・コロンナは教皇御座所に押し入り、ボニファティウス8世を「異端者」と罵り、退位と公会議への出席を強要しました。教皇がこれを拒絶すると、シアッラは教皇を殴打し、その象徴である三重冠などを奪ったと伝えられています。ノガレは教皇をフランスへ連行して裁判にかけることを目論みましたが、シアッラは教皇を殺害しようと考えており、両者の間で激しい口論が起こりました。その間にローマから駆けつけた部隊によって教皇は救出されました。しかし、この屈辱的な事件に深く傷つき動揺したボニファティウス8世は、救出されて間もなく、同年10月11日に急逝しました。その死は、事件による精神的なショックや高齢、持病などが原因とされますが、人々はこれを「憤死」と呼びました。アナーニ事件は教皇の権威を著しく失墜させ、その後の教皇庁がフランス王権の強い影響下に置かれる「アヴィニョン捕囚」へと繋がる歴史的な転換点となりました。

人物評価

ボニファティウス8世は、同時代のフィレンツェの年代記作家ディーノ・コンパーニによって「猛烈果断な気性と卓越せる才能」を持ち、「自我流に教会を導き」「自説に同意しない者を斥けた」と評されています。権威主義的で強硬な性格であった一方で、非常に現実主義的な思考を持ち、「最後の審判は存在しない」といった異端的な見解を公言したとも伝えられています。豪華絢爛な生活を好み、美食や賭博、派手な装いを愛し、教皇庁がカジノのようであったという批判も存在します。しかし、その一方で、バチカン公文書館の整備やローマ大学の設立、芸術家への支援など、学術・文化の保護に貢献した功績は大きく、ルネサンス期に現れる教皇たちの先駆けのような存在とも見なされています。

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