マイ・ラヴ (ポール・マッカートニー&ウイングスの曲)

楽曲概要

「マイ・ラヴ」は、ポール・マッカートニーが自身のバンド、ウイングスと共に1973年に発表した楽曲です。この曲は、同年リリースされたアルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』からの先行シングルとして発売され、ポールが深く愛した妻であり、バンドメンバーでもあったリンダ・マッカートニーへの愛情を歌ったラヴソングとして知られています。

特筆すべきは、このシングルからアーティスト名義が「ポール・マッカートニー&ウイングス」と変更された点です。これは、ウイングスの前作アルバム『ワイルド・ライフ』の商業的な成功が限定的だったことを踏まえ、ポールの名前を明確に打ち出すことで、聴衆にバンドへの関与をより強く意識させる狙いがあったとされています。

商業的な成功という点で、「マイ・ラヴ」は大きな成果を上げました。全英シングルチャートでは最高位9位にランクインしましたが、アメリカのBillboard Hot 100では、驚異的な4週連続1位を獲得。このヒットにより、『レッド・ローズ・スピードウェイ』アルバム自体も全米1位を獲得し、ウイングスのキャリアにおいて重要な転換点となった楽曲と言えます。

背景と制作

「マイ・ラヴ」は、ポール・マッカートニーがリンダへの想いを込めて、ピアノを使って作曲されました。ポールの言葉によれば、リンダとの交際が始まって間もない頃に生まれた曲だといいますが、一方で伝記作家の中には、作曲時期を1969年から1970年の間とする説もあります。この楽曲は、ポールがビートルズ時代に手がけた名曲「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」と同様に、ピアノが主体となる叙情的なバラードです。

ウイングス結成後の1972年には、この曲がライブで披露されていました。特に、同年2月9日にノッティンガム大学で行われたウイングスのデビュー公演では、ポールのボーカルに続いてリンダがセリフを語るという独特な形式で演奏されています。当時のアレンジは、後に公式リリースされたバージョンと「ほとんど変わらなかった」と記録されています。

楽曲はFメジャーをキーとし、AABAAという構成にアウトロが続く形をとっています。Aセクションはヴァースとコーラス、Bセクションはブリッジにあたります。音楽的な観点からは、特にヴァース部分の「And when I go away」や「And when the cupboard's bare」といった歌詞が、距離や喪失といったテーマを示唆し、B♭maj7やD9のようなホームキーから逸脱するコードが組み合わされることで、「不安定感」を生み出していると分析されています。また、曲の終盤、「Only my love does it good to me」というフレーズを歌う際、ポールは「Only my love does it good to」で一度息継ぎをし、「me」の部分を長く伸ばして歌うという、特徴的な表現を用いています。

レコーディング

「マイ・ラヴ」のレコーディングは、アルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』制作の後半にあたる1973年1月に、ロンドンのEMIレコーディング・スタジオ（現アビー・ロード・スタジオ）で行われました。このレコーディングのために、ポールはビートルズ時代から関わりのあったリチャード・ヒューソンにオーケストラアレンジを依頼しました。

特筆すべきは、ベーシック・トラックの演奏と、50人編成のオーケストラによる演奏が同時にライブ録音された点です。当時、セッションミュージシャンは時間単位で報酬が支払われるのが一般的であり、このような手法は異例でした。ヒューソンは、最高のジャズミュージシャンを集めたことで「独特の暖かみのある音色」が得られたと述べています。ライブ録音を選んだ理由について、ポールが「特定の雰囲気」を捉えたいと望んだためだとヒューソンは語っています。音楽ジャーナリストのトム・ブライアンはこのレコーディングを、「形式ばった構成にとらわれず、古いトーチソングのようにゆったりと、しかし自信に満ちた曲で、オーケストラがその音量を増減させながら煌めいている」と描写しています。

このセッションでは、約3時間で20テイク近くが録音され、ミュージシャンたちは疲労困憊し、これ以上の演奏改善は難しいと訴えたといいます。ポールはフェンダー・ローズのエレクトリックピアノを演奏し、デニー・レインがベースを担当しました。

この曲のギターソロは、北アイルランド出身のギタリスト、ヘンリー・マックロウが手がけました。マックロウは、ポールが事前に決めていたフレーズではなく、自身のインスピレーションに従って演奏する機会を得ました。彼は当時、指示された通りに弾く「サイドマン」ではなく、バンドの一員として自由に表現したいという強い願望を抱いていました。ポールは後年、マックロウが録音直前に「違うフレーズを弾いてみてもいいか」と尋ね、ポールが半信半疑ながら許可した結果、素晴らしいソロが生まれたというエピソードを語り、「誰かの技術や感覚が、僕の期待を超える瞬間が何度もあった」と振り返っています。

リリースと反響

「マイ・ラヴ」は、イギリスでは1973年3月23日、アメリカでは4月9日にアップル・レコードからシングルとしてリリースされました。シングルのB面には、1972年8月21日のオランダ公演からのライブ音源「ザ・メス」が収録されています。このシングルは、先述の通り「ポール・マッカートニー&ウイングス」名義での最初のリリースとなり、ウイングスの「全盛期」の幕開けと位置づけられることがあります。

プロモーションのため、楽曲のプロモーション・フィルムが制作されたほか、ポールを特集した特別番組『James Paul McCartney』が放送されました。番組出演は、ポールの楽曲出版権を巡るATV社との複雑な交渉の中で合意されたものでした。また、イギリスの人気音楽番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』でも演奏が披露され、4月4日と11日に放送されました。この出演の後、ギタリストのヘンリー・マックロウが飲酒により泥酔し、ステージ上で嘔吐するというトラブルが発生し、ポールとの関係に悪影響を及ぼす一因となりました。

楽曲は1973年のウイングスのイギリスツアーでも演奏されましたが、ポールがスタジオバージョン通りの演奏を求める一方で、マックロウは即興的なソロを封じられたことに不満を抱いていたと伝えられています。

商業面では、アメリカのBillboard Hot 100で4週連続の首位を獲得し、全英シングルチャートでも9位にランクインする成功を収めました。特にアメリカでの成功は目覚ましく、ジョージ・ハリスンの「ギヴ・ミー・ラヴ」に首位を譲るまで、元ビートルズのメンバーが上位2位を独占するという、1964年以来の快挙となりました。作家のブルース・スパイザーは、この曲がアルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』の「売り込んだ曲」であり、アルバムの全米1位獲得に大きく貢献したと評価しています。シングルは100万枚以上の売上を記録し、アメリカレコード協会からゴールド認定を受けました。

その後の展開

「マイ・ラヴ」は、その後もポールのキャリアにおいて重要な楽曲であり続け、複数のコンピレーション・アルバムに収録されています。ウイングス名義のベスト盤『ウイングス・グレイテスト・ヒッツ』（1978年）をはじめ、ポールのソロ・ベスト盤『オール・ザ・ベスト』（1987年）、『夢の翼〜ヒッツ&ヒストリー〜』（2001年）、『ピュア・マッカートニー〜オール・タイム・ベスト』（2016年）などに収められています。

ライブでも頻繁に演奏されており、特に1976年のウイングスのアメリカツアーでの演奏は、ライブ盤『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』に収録されました（このツアー以降、ギターはヘンリー・マックロウの後任であるジミー・マカロックが担当）。また、ポールのソロ名義のライブ盤『ポール・イズ・ライヴ』（1993年）、『バック・イン・ザ・ワールド』（2002年）、『グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ〜ベスト・ヒッツ・ライヴ』（2009年）にも、それぞれ異なるライブバージョンが収録されています。

1998年に妻リンダが死去した後、ポールはリンダへの追悼の意を込めて、この曲をライブセットリストに加えるようになりました。リンダの追悼式では、ブロドスキー弦楽四重奏団やローマ・マー・カルテットによる弦楽アレンジ版が演奏され、ローマ・マー・カルテットの演奏は、ポールのクラシックアルバム『ワーキング・クラシカル』（1999年）にも収録されました。

評価

「マイ・ラヴ」に対する音楽評論家やリスナーの評価は、大きく分かれています。

肯定的な評価としては、『キャッシュボックス』誌が「素晴らしいバラード」「傑作となるだろう」と称賛しました。『メロディ・メイカー』誌のクリス・ウェルチは、「ポールの壮大なバラード」であり、「時代を超えた魅力がある」と述べ、ヘンリー・マックロウのギターソロを「見事でガッツのある」と評しました。伝記作家のフィリップ・ノーマンは、この曲をリンダへの「頌歌」と呼び、「イエスタデイ」や「レット・イット・ビー」のようなインスピレーションが再び降りてきたかのようだと表現しました。作家のヴィンセント・ベニテスは「実に優れた曲」であり、マックロウのソロは「崇高」だと評価しています。ロバート・ロドリゲスも「平凡なアルバムのハイライト」であり、マックロウの演奏が曲を救済したと述べています。

一方で、非常に厳しい評価も少なくありません。ビートルズの伝記作家ニコラス・シャフナーは、ソングライターとしてのポールの評価回復には繋がらなかったとし、特別番組でのポールの表情を皮肉りました。音楽評論家のロバート・クリストガウは、「どうしようもなく彷徨っている」曲だと評し、アルバム『レッド・ローズ・スピードウェイ』を「第一級のロックンローラーが作った最悪のアルバム」になりうるとまで酷評しました。ロイ・カーとトニー・タイラーは、「夢見ごこちの泣き歌」とし、「人がうんざりしたり、癒されたり涙もろくなる要素」があると指摘しました。『ザ・ローリング・ストーン・アルバム・ガイド』のグレッグ・コットは「最も不快なヒット曲」「過激なオーケストレーション」と断じ、『モジョ』誌のマット・スノウは、商業的な成功にもかかわらず、ビートルズ時代の楽曲のレベルを改めて認識させた曲だと述べました。特に辛辣だったのは、『ローリング・ストーン』誌のロブ・シェフィードで、2017年に「ビートルズの誰かが関わった中で最悪の曲」と酷評。ジョージ・ハリスンの「サムシング」を模倣しようとして失敗したと分析し、アウトロの歌唱を「意図しない喜劇的要素」と形容しました。トム・ブレイハンも、曲の持つ「可愛らしくてふわふわ」な性質は認めつつも、なぜこれほどの大ヒットに至ったのか「理解できない」と述べています。

カバーと影響

賛否両論の評価がありながらも、「マイ・ラヴ」は多くのアーティストによってカバーされ、ポールの「ビートルズ以降最初のエバーグリーン」であり、スタンダード・ナンバーとして広く認識されるようになりました。元ビートルズのソロ楽曲としては、ジョージ・ハリスンの「マイ・スウィート・ロード」に次いで、カバーされた回数が多い曲の一つとされています。

1970年代後半までに、トニー・ベネット、ナンシー・ウィルソン、キャス・エリオットといった著名な歌手をはじめ、ジョニー・ギル、シェール、ブレンダ・リー、アンディ・ウィリアムスなど、数多くのアーティストがこの曲を取り上げています。ジャズ・インストゥルメンタルとしても演奏されており、テレビドラマ『フレンズ』の結婚式のシーンでも使用されました。

ポール自身は1986年のインタビューで、ウイングス時代の特に気に入っている曲の一つにこの曲を挙げ、「ロマンティックな時代だった」と振り返っています。また、ヘンリー・マックロウによるギターソロを、自身のキャリアにおける最高のものと考えていた時期もあったようです。

リンダ没後の追悼コンサートや、その後のソロツアーでも演奏され続けていることから、「マイ・ラヴ」はポールにとって、単なるヒット曲以上の、パーソナルな想いが込められた特別な楽曲であり続けていると言えるでしょう。

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