マライ軍政監部

マライ軍政監部について

マライ軍政監部（馬来軍政監部）は、1943年4月に設立された、日本軍占領下のマラヤにおける軍政を所管した組織です。この組織は、太平洋戦争中に日本軍が占領したマレー半島において、行政、経済、治安維持など多岐にわたる分野で重要な役割を果たしました。

マライ軍政監部の前身

マライ軍政監部の前身は、1941年11月に編成された第25軍軍政部です。当初、第25軍参謀副長の馬奈木敬信が軍政部長を兼任し、マレー作戦で占領した各州に軍政支部を設置しました。1942年2月にはシンガポールを占領し、軍政部をシンガポール（昭南と改称）に移転、昭南軍政部とも呼ばれました。

第25軍軍政部の組織

第25軍軍政部は、総務、財務、産業、交通の4部で構成され、占領地の行政を担いました。英領マラヤ時代の連邦州や海峡植民地の区分を廃止し、昭南特別市政庁を設置。マラヤは10州に区分され、各州に政庁が置かれました。1942年3月には、昭南特別市長と各州の長官が任命され、軍人だけでなく、内務官僚や外交官も州長官に就任しました。

スマトラ島の軍政

スマトラ島の占領後、第25軍軍政部はスマトラの軍政も所管しました。1942年4月には、馬奈木軍政部長が転出し、渡邊渡が後任となりました。同年5月から7月にかけて、鉄道、郵政、通信の各総局が設置され、インフラ整備も進められました。

第25軍軍政監部の設立

1942年7月、南方軍総司令部がシンガポールに移駐すると、軍政組織が改編され、南方軍占領地の軍政を統括する南方軍軍政総監部が新設されました。これに伴い、マライ・スマトラ両地区の軍政は第25軍軍政監部が所管することになり、第25軍参謀長の鈴木宗作が軍政監を兼任しました。軍政監部には、総務、管理、警務、司法、産業、財務、交通、会計監査の各部、さらに衛生局、敵産管理局、鉄道総局、通信総局、郵政総局などの外局が置かれ、より複雑な組織となりました。

マライ軍政監部の設立と変遷

1943年4月、第25軍がスマトラ島に移駐したことに伴い、スマトラ軍政監部が新設され、マラヤ地区の軍政のみを担当するマライ軍政監部が設立されました。軍政監は磯矢伍郎が担当し、組織は総務、警務（後に治安部）、産業、財務、会計監督、宣伝の各部と、鉄道、海事、通信（後に電政局）、郵政の各局に再編されました。1943年9月には、日タイ条約に基づき、クランタン、トレンガヌ、ケダ・プルリスの3州がタイに移譲されました。

マライ軍政監部の移動

1944年1月、第29軍が編成されタイピンに配置されると、マライ軍政監部はシンガポールからクアラカンサー、そしてタイピンへと本部を移転させました。ただし、鉄道総局や高等法院はクアラルンプールに、放送管理局や海事局はシンガポールに残されました。1945年2月には、昭南特別市とジョホール州の軍政が第7方面軍軍政総監部の直轄となり、軍政監が川原直一に交代しました。

マライ軍政監部の特徴

軍政官僚と文民官僚の対立

軍政監部に配属された軍人出身の軍政官僚と、昭南特別市政庁や州政庁に配属された文民官僚の間では、しばしば対立や摩擦が生じました。戦争遂行のため軍政官僚の意見が優先されることが多く、文民官僚が主張を通すことは困難でした。

現地人官僚の登用

戦前は英国人が占めていた行政機構の上層部のポストには、日本人の官僚が任命されましたが、人数の不足から、現地人の上級官僚が就任することも多くありました。特に郡長にはマレー人が多く任用され、軍政末期には、郡長を指導する「郡指導官」を新設し、監督・指導を強化しました。

マライ軍政監部の主要人事

以下に、マライ軍政監部の主要な役職とその担当者を示します。

軍政部長・軍政監
馬奈木敬信 少将 (1941年11月 - 1942年4月)
渡邊渡 大佐 (1942年4月 - 1942年7月)
鈴木宗作 中将 (1942年7月 - 1942年10月)
西大条胖 少将 (1942年10月 - 1943年4月)
磯矢伍郎 少将 (1943年4月 - 1943年8月)
藤村益蔵 少将 (1943年8月 - 1945年2月)
川原直一 少将 (1945年2月 - )
軍政顧問
徳川義親 (1942年1月 - 1944年8月)
砂田重政 (1942年1月 - 1943年)
大塚惟精 (1942年1月 - 1943年4月)
総務部長
渡邊渡 大佐 (1941年11月 - 1942年4月, 1942年7月 - 1943年4月)
藤村益蔵 少将 (1943年3月 - 1943年8月)
浜田弘 大佐 (1944年1月 - 1944年10月)
倉沢勘三郎 大佐 (1944年10月 - 1945年3月)
梅津広吉 少将 (1945年3月 - )
総務部企画科長
河瀬繁太 中佐 (1942年7月 - 1943年6月)
田島重彦 中佐 (1944年1月 - )
内政部長
服部直彰 (1942年7月 - 1943年4月)
梅津広吉 少将 (1945年3月 - )
警務（治安）部長
大谷敬二郎 大佐 (1942年7月 - 1943年8月)
磯部幸助 大佐 (1943年8月 - 1945年6月)
西島毅 大佐 (1945年6月 - )
司法部長
関宏二郎 (1942年8月 - 1943年4月)
益山貞之 (1945年3月 - )
産業部長
鈴木重郎 (1942年3月 - 1943年3月)
吉田忠雄 (1943年3月 - 1943年8月)
衣川毅夫 (1943年8月 - 1945年2月)
細井英夫 (1945年2月 - )
財務部長
原久一郎 (1942年3月 - 1943年2月)
崎田義雄 (1943年4月 - )
交通部長
壺田修 (1942年2月 - 1943年4月) 廃止
衛生部長
佐藤正 (1942年8月 - 1943年4月) 廃止
宣伝部長
大久保弘一 大佐 (1942年7月 - )
会計監督部長
永井茂二郎 主計大佐 (1942年8月 - 1942年12月)
伊藤渉 主計中佐 (1942年12月 - 1943年4月)
永井茂二郎 主計少将 (1944年3月 - 1945年1月)
川上親治 主計大佐 (1945年1月 - )
調査部長
赤松要 (1944年4月 - )
鉄道総局長
三富秀夫 (1942年11月 - 1944年11月)
高橋静男 (1945年11月 - )
通信総局 (電政局) 長
鈴木恭一 (1942年8月 - 1944年6月)
種田直太郎 (1944年6月 - )
郵政総局長
浜田清治 (1942年9月 - )
海事局長
二瓶泰 (1942年11月 - 1942年12月)
鈴木恭一 (1942年12月 - 1944年6月) 兼任
肥爪亀三 (1944年6月 - )
昭南特別市長
大達茂雄 (1942年3月 - 1943年7月)
内藤寛一 (1943年7月 - )

各州の支部長・長官

以下に、各州の支部長・長官を務めた人物の一部を列挙します。

ジョホール州：兒島義徳、伊丹政吉、砂川泰
マラッカ州：大曽根義彦、栗田朝一郎、鶴見憲、細井英夫、衣川毅夫
ヌグリ・スンビラン州：栗田朝一郎、八田三郎
スランゴール州：藤山三郎、菊池慎三、片山省太郎
ペラ州：小島武夫、久保田畯、川村直岡
ペナン州：正木宣儀、片山省太郎、伊丹政吉、篠原誠一郎
ケダ・ペルリス州：大山驥夫、助川静二
クランタン州：新妻英雄、砂川泰、藤澤喜久雄
トレンガヌ州：新妻英雄、久慈学、伊藤汲二郎、友重繁
パハン州：福永竹市、八田三郎、岡利和、三毛逸

まとめ

マライ軍政監部は、複雑な組織構造と、軍政官僚と文民官僚の対立、現地人官僚の登用といった特徴を持つ、日本軍政下におけるマラヤの行政を担った重要な組織でした。その変遷と組織構成を理解することは、当時のマラヤ社会の状況を知る上で不可欠です。

参考文献

クラトスカ, ポール・H 著、今井敬子 訳『日本占領下のマラヤ 1941-1945』行人社、2005年。
* フォーラム 編『日本の英領マラヤ・シンガポール占領: 1941～45年: インタビュー記録』龍溪書舎、1998年。

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