ムハンマド・ナースィル

ムハンマド・ナースィルの生涯

ムハンマド・ナースィル（1182年頃 - 1213年）は、ムワッヒド朝の第4代アミール（カリフ）です。彼は1199年、父君であるヤアクーブ・マンスールの後を受けて、17歳という若さで即位しました。ナースィルの治世は、王朝の全盛期を築いた父の光の影に隠れ、彼自身の困難な時代でした。

ナースィルの治世において、ムワッヒド朝は国の軍事体制を劇的に変化させました。彼が即位する時期、軍の主力はマスムーダ族から、さまざまな外部勢力に依存するようになり、当初のタウヒード主義運動への情熱が次第に薄れていく様子が見て取れます。これにより王朝は徐々に弱体化の道を歩むことになります。

イベリア半島ではカスティーリャ王アルフォンソ8世との休戦協定が結ばれており、表面上は平穏でした。しかし、チュニジア地域ではガーニヤ族による侵略が続いており、ナースィルはこれに対抗するため、ガーニヤ族討伐の軍を発動しました。1203年には、ガーニヤ族の本拠地であるマヨルカ島を制圧しましたが、ガーニヤ族はイフリーキヤやモロッコでゲリラ戦を展開し、ナースィルの苦しみが続くこととなります。

1209年、ナースィルはイフリーキヤの総督アブドゥル・ワーヒドの支援を受けて、ようやくガーニヤ族に対する勝利を収めました。イフリーキヤは平定に向かうものの、同時期に十字軍がアンダルスを脅かします。ローマ教皇インノケンティウス3世とトレド大司教の呼びかけを受けて、キリスト教諸国の王たちが団結し、ムワッヒド朝との決戦準備が整えられました。

1211年、ナースィルはアンダルスのムスリムたちの訴えを受けて、懲罰遠征を決定。大軍を率いてジブラルタル海峡を渡り、進撃を開始します。しかし、戦況は彼にとって不利に進展していました。1212年7月16日には、ナバス・デ・トロサの戦いでアルフォンソ8世を中心とする連合軍に惨敗し、かつての支配力を失ったのです。この敗北は、補給の怠慢や指導者としての信頼喪失が原因として挙げられています。

ムワッヒド朝は、この戦いで多くの戦死者を出し、かつての栄光をかみしめることすらできずにいました。不幸なことに、ナースィル自身も戦後に威信を失い、首都マラケシュに逃げ帰る羽目となります。彼の政治的意欲は急速に衰え、1213年に失意のうちにこの世を去ります。死因は事故か毒殺とされていますが、詳細は不明です。

息子のユースフ2世が後を継いだものの、幼少であったため、王朝状況は厳しく、ベルベル人のマリーン族の反乱や権力争いによってムワッヒド朝は加速度的に衰退していきました。目まぐるしく変わる政治状況の中で、ナースィルの治世は王朝の栄光と凋落を象徴する重要な期間として歴史に刻まれています。

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