メーホンソーン県

タイ北部、ミャンマーとの国境沿いに位置するメーホンソーン県は、タイ語で「象が水を浴びる場所」を意味する名前を持ちます。その名の通り、かつては森林資源が豊富で象が多く生息していた地域とされます。地理的には、県土の大部分が標高の高い山岳地帯に広がっており、年間を通じて比較的涼しい気候が特徴です。特にチェンマイ県との間には険しい山々が連なり、移動が困難な天然の障壁となっていますが、西側、ミャンマー国境方面には比較的平地が広がっています。ミャンマーとの国境線の一部はサルウィン川が形成しています。県内で最も標高が高い地点は、パーイ郡にあるメーヤ峰で、その高さは海抜2,005メートルに達します。

このような地理的な特殊性、特に大部分が山岳地帯であることは、この地域へのタイ族の本格的な入植が比較的遅れた要因の一つです。その結果、現在においても県民の構成は多様性に富んでおり、全体の約63パーセントが様々な少数民族で占められています。タイ族も居住していますが、その多くはミャンマー側のシャン州にも広く分布する大タイ族（シャン族）であるとされています。

メーホンソーン県の歴史は、まずラーンナー王朝の勢力圏の一部として始まりましたが、後にビルマ（現在のミャンマー）の支配下に入った時期がありました。このビルマ統治の影響は、現在も県内に残る寺院や建築様式など、文化的な側面に色濃く見られます。

時代が下り、19世紀初頭、チエンマイを治めていたマホータラプラテートは、メーホンソーン地域が豊かな野生動物の宝庫であることに注目しました。1831年、彼はチャオ・ケーオムアンマーにこの地への入植を命じます。チャオ・ケーオは現在のムアンメーホンソーン郡にあたる場所に、森林伐採などに利用される戦象のための基地を建設しました。この基地が、後のメーホンソーンというコミュニティーの核となり、次第に発展していきました。コミュニティーの成長を受け、1874年には当時のチエンマイ国王であったインタウィチャヤーノン王によって、シンハナートラーチャーがメーホンソーン地域の国主として任命されました。

19世紀末、タイ中央政府による地方統治機構の再編が進められる中で、ラーマ5世（チュラーロンコーン大王）は1890年に勅命を発し、メーホンソーン周辺にあったメーチャリエン、パーイ、クンユワムといった地域を統合し、一つのまとまりとしました。この時点では、クンユワムがその中心地と定められました。さらに時代が進み、1910年にはメーホンソーン県は当時の広域行政区分であるモントン・パヤップに編入されましたが、1933年にモントン制度が廃止されるに伴い、メーホンソーンは現在の「県（チャンワット）」という行政単位となり、その形が確立されました。

現在、メーホンソーン県は行政上、7つの郡（アムプー）に細分化されています。さらにその下には45の町（タムボン）、そして最も基礎的な地域単位として402の村（ムーバーン）が置かれ、日々の県政が運営されています。

メーホンソーン県はミャンマーとの国境に位置しているため、長年にわたるミャンマー国内情勢の影響を受けています。特に、ミャンマー国軍と少数民族武装勢力であるカレン民族同盟（KNU）との間の紛争が激化するたびに、多くのカレン族の人々が安全を求めて国境を越え、タイ側、すなわちメーホンソーン県に避難してきました。その結果、県内には複数の難民キャンプが形成されており、2000年代においても約13万人ものカレン族難民がこれらのキャンプでの生活を余儀なくされている状況が続いていました。この問題は、メーホンソーン県が直面する社会的な課題の一つとなっています。

メーホンソーン県は、その険しい山岳地形、多様な少数民族文化、そしてビルマの影響が残る歴史的背景など、タイ国内でも独特の個性を放つ地域です。自然景観の美しさと、そこに暮らす人々の多様な営みが魅力となっています。

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