モンゴルのヴォルガ・ブルガール侵攻

モンゴル帝国によるヴォルガ・ブルガールの征服：破壊と変容

13世紀、中央アジアを席巻したモンゴル帝国は、勢力を西へと拡大しました。その進撃は、ヴォルガ川流域に栄えたヴォルガ・ブルガールにも及びました。ヴォルガ・ブルガールは、テュルク系民族が築いた強力な国家であり、独自の文化と交易網を有していました。しかし、モンゴル帝国の圧倒的な軍事力の前には、その運命も大きく変わることとなります。

最初の侵攻と撃退（1223年）

1223年、チンギス・ハン麾下のスブタイとジェベ率いるモンゴル軍は、ホラズム・シャー朝を征服した後、カフカス地方を迂回しキプチャク草原へと侵攻しました。カルカ河畔の戦いでルーシ諸国とキプチャクの連合軍を破ったモンゴル軍は、ヴォルガ川を遡りヴォルガ・ブルガールへと進撃を開始しました。しかし、ヴォルガ・ブルガール南部のケルネク（現在のサマーラ州付近）において、ブルガールの王ガブドゥッラー・チェルビル率いる軍は、モルドヴィン人の軍と連合してモンゴル軍を待ち伏せ、これを大敗させました。このサマラ屈曲部の戦い（あるいはケルネクの戦い）によって、モンゴル軍は撤退を余儀なくされ、この時点ではヴォルガ・ブルガールはモンゴルの侵攻を撃退することに成功しました。この戦いの詳細は不明な点も多く、ブルガールの口承に頼る部分も大きいと言われています。

再び侵攻、そして滅亡（1229年～1236年）

しかし、この勝利は束の間のものでした。1229年から1232年にかけて、モンゴル軍は再びヴォルガ・ブルガールへ侵攻し、ウラル川沿いの前哨を破壊、ウラル山脈上流の渓谷を占領しました。1232年にはバシキリア南東部を征服し、ヴォルガ・ブルガールの南部をも支配下に置きました。ハンガリーのドミニコ会修道士ユリアヌスは、1235年にヴォルガ・ブルガールを訪れ、マジャール人らしき人々と接触しています。彼はこの地で「タタール」と呼ばれる恐るべき民族の噂を耳にすることになります。

1236年、バトゥ率いる大規模なモンゴル軍が、イリ渓谷からヴォルガ・ブルガールへ侵攻しました。ヴォルガ・ブルガールは内戦状態にあったため、統一した抵抗を組織することができず、モンゴル軍は首都ビリャルを45日間の包囲戦の末に陥落させました。ビリャルの住民数万人が殺害され、主要都市や要塞も次々と陥落しました。ユリアヌスは1237年に再びヴォルガ・ブルガールを訪れましたが、そこには廃墟しか残されていませんでした。彼はハンガリーへ急ぎ、「タタール」の脅威を伝えました。

反乱と服属

モンゴル軍がルーシへの侵攻を開始すると、帰順していたヴォルガ・ブルガールの武将たちは反乱を起こしました。バヤンとジク、そしてキプチャクのオルベルリ部の首長バチュマンらが反乱を起こしましたが、バトゥやモンケ、スブタイらによって鎮圧されました。ヴォルガ・ブルガールはジョチ・ウルス（金帳汗国）の一部となり、いくつかの公国に分割されて、ジョチ・ウルスに貢納する属国となりました。

人口移動と文化の変容

モンゴルの征服によって、ヴォルガ・ブルガールの人口の多くが殺害され、または北へと移動しました。生き残ったブルガール人は、ヴォルガ川の東側の支流カマ川流域や、現在のチュヴァシ共和国、タタールスタン共和国周辺に移住し、新たな共同体を形成しました。カザン周辺はブルガール文化の中心となり、後のカザン・タタールの人口の中心となりました。モンゴル支配下においても、ブルガールやジュケタウなどの都市は再建され、交易の中心としての役割を担いましたが、かつての繁栄を取り戻すことはできませんでした。ステップ地帯にはキプチャク人やモンゴル人が移住し、農業は衰退しました。

ヴォルガ・ブルガールの住民の多くはイスラム教徒でした。そのため、モンゴル人やキプチャク人の多くもイスラム教に改宗しました。キプチャク語が支配地域の共通語となり、キプチャク語とブルガール語が混ざり合って古タタール語が生まれました。一方、非イスラム教徒のブルガール人はブルガール語を維持し、マリ語の影響を受けて、現在のチュヴァシ語へと発展しました。ヴォルガ・ブルガールの民族構成については、変化がなかったとする説と、キプチャク人やロシア人が移住して変化があったとする説があります。

カザン・ハン国への発展

14世紀半ば、ヴォルガ・ブルガールのいくつかの公国は、ジョチ・ウルスからの独立性を高め、独自の硬貨を鋳造するようになりました。1420年代にはカザン・ウルスが半独立状態となり、ジョチ・ウルスから亡命した王族を迎えてカザン・ハン国が成立しました。1440年代には、ヴォルガ・ブルガールの土地はすべてカザン・ハン国に統一され、マリ人、チュヴァシ人、バシキール人、ウドムルト人、モルドヴィン人などもその支配下に入りました。

モンゴル帝国によるヴォルガ・ブルガールの征服は、この地域の歴史と文化に大きな影響を与えました。破壊と変容を経て、新たな民族集団や国家が誕生し、今日のタタールスタン共和国やチュヴァシ共和国といった地域社会の基礎を形成したのです。この複雑な歴史的過程を理解することは、この地域の多様な文化と歴史を理解する上で不可欠です。

もう一度検索