ヨーロッパブナ (植物)

ヨーロッパブナ（European beech）

ヨーロッパブナ（学名: Fagus sylvatica）は、ブナ科ブナ属の落葉広[[葉樹]]です。属名のFagusはギリシャ語の「食べる」に由来し、種小名のsylvaticaは「森の」を意味します。その名の通り、ヨーロッパの森を代表する樹木の一つです。

分布と生育環境

ヨーロッパブナは、中央ヨーロッパから西ヨーロッパにかけて広く分布しています。北はスウェーデン南部から南はシチリア島北部まで、西はポルトガル北部から東はトルコまでが自生地です。トルコより東では、コーカサスブナに移行します。バルカン半島では、両種の交雑種であるFagus × tauricaも見られます。

地中海沿岸では、標高600～1,800mの山間部にのみ生育しています。ヨーロッパブナは、年間を通して降水量が多く、霧が頻繁に発生する湿潤な気候を好み、肥沃で水はけの良い、石灰質または弱酸性の土壌を好みます。

形態

ヨーロッパブナは、高さ50m、幹の直径3mにまで成長する大型の樹木ですが、造林されたものでは高さ15～20m、幹の直径1.5m程度になることが多いです。10年生では高さ約4mになります。寿命は通常150～200年ですが、500年に達する個体も存在します。30年ほどで成木となります。

生育環境によって樹形が異なり、森林内では樹高が高く、枝は幹に沿って成長しますが、開けた場所では樹高が低く、幹が太くなります。樹皮は、成長に伴い外側の細かい破片が剥がれ落ちるため、古木でも表面が滑らかです。

葉は互生で、長さ5～10cm、幅6～7cmの楕円形です。葉縁は波打っており、葉脈は6～7本あります。若葉は柔らかい毛で覆われています。冬芽は、葉芽が15～30mm、花芽が4～5mmです。秋に落葉しないまま、春まで残ることがあり、この現象は「marcescence（枯れ残り）」と呼ばれます。

ヨーロッパブナは、10年生頃から少量の果実をつけ始め、30年以上になると大量に実をつけるようになります。雄花は、ブナ目特有の小さな花序をつけます。雌花は、受粉後に殻斗果（堅果の一種）を形成し、5～6ヶ月後に熟成します。各殻斗には、2個の小さな三角形の種子が含まれています。気温が高く、乾燥した夏を過ごした翌年には、豊作になる傾向があります。

生態

ヨーロッパブナの森は、日光がほとんど届かないため、耐陰性の低い植物は生育が困難です。ブナの幼木は日陰を好みますが、日当たりの良い場所では乾燥のために枯れてしまいます。オークと共生している場合、オークの疎な葉の陰で成長し、オークよりも高くなります。そして、ブナの葉が茂ると、オークは日光不足で枯れてしまいます。そのため、林業ではブナの幼木を刈り取り、オークの生育を助けることがあります。

根系は浅く、水平方向に広がります。テングタケ属、ポルチーニ、アンズタケなどの菌類と外生菌根を形成し、菌類は水分と栄養分の吸収を助けます。

イギリス南部では、オークやエルムよりもブナが優勢な森林が広がっています。ブリュッセルの南東にあるソワーニュの森は、美しいブナの森として知られています。フランスでは、森林の約10％をブナが占めています。ルーマニアのセメニック国立公園には、ヨーロッパ最大のブナ原生林があり、多くの樹木が樹齢350年以上です。

ブナの実は多くの動物にとって重要な食料源であり、飢饉の際には人間も食用としました。

品種

ヨーロッパブナは、温帯地域の公園や庭園で観賞用として人気があり、多くの品種が作出されています。

copper beech（紫ブナ）: 紫色の葉が特徴で、夏には深緑色に変わります。
fern-leaf beech（切れ込み葉ブナ）: 深く切れ込んだ葉が特徴です。
dwarf beech（矮性ブナ）: 幹や枝がねじれたように成長します。
weeping beech（枝垂れブナ）: 枝が垂れ下がって成長します。
Dawyck beech: 枝が平行直立して成長します。
golden beech: 春に黄金色の葉をつけます。

木材としての利用

ヨーロッパブナの木材は、曲げ加工がしやすく、きめ細かい木目を持つため、様々な製品に利用されます。家具、寄木細工、階段、木槌、ワークベンチの天板などに適しています。また、蒸気処理を行うことで機械加工が容易になります。密度は1立方メートルあたり720kgです。ただし、腐りやすいという欠点もあります。また、紙パルプとしても利用され、セルロース含有量が高いため、綿に近い繊維であるモダールとして紡がれることもあります。さらに、薪としても優れています。

その他の用途

ヨーロッパブナの木材から作られるスモーク香料「Primary Product AM 01」があります。

種子は、鳥やげっ歯類の食料であり、かつては人間も重要な食料として利用していました。19世紀のイングランドでは、種子から油を絞り出して食用油やランプの燃料として使用していました。種子にはタンニンが含まれているため、食用とする際には水に浸してタンニンを抜く必要がありました。

病原体

Biscogniauxia nummularia（ブナタールクラスト）は、ヨーロッパブナに潰瘍や腐朽を引き起こす主な病原体です。

文化

ヨーロッパブナの滑らかな樹皮は、歴史的に書き物と深い関わりがありました。古代ローマの詩人ウェルギリウスは、ブナの樹皮に詩を彫る様子を描いています。また、サクソン人やチュートン人は、ブナの樹皮にルーン文字を刻んでいたと伝えられています。初期の本の表紙にはブナの板がよく使われました。ドイツ語では、ブナ（Buche）、本（Buch）、アルファベット（Buchstaben）という言葉が関連付けられています。グーテンベルクの活版印刷術が発明される以前は、ブナの樹皮から文字が削り出されていました。

言い伝え

ドイツでは、ブナは雷を寄せ付けないという言い伝えがあります。ブナは落雷に遭っても傷つきにくく、滑らかな樹皮は雨に濡れやすいため、電流が表面を伝わって内部を損傷させにくいと説明されています。また、見晴らしの良い場所に単独で生えていることが少ないため、落雷しにくいとも言われています。

ヨーロッパブナは、その美しい姿と様々な用途から、人々の生活に深く関わってきた樹木です。

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