ラマダーン

ラマダーンとは

ラマダーン（رمضان, Ramadan）は、イスラム教の暦であるヒジュラ暦における第9月の名称です。アラビア語で「酷暑」や「焼けつくような熱さ」を意味する語根に由来し、この月に行われる断食（サウム）が特徴的です。しばしば「ラマダン」とも表記されます。

ラマダーンの概要

ラマダーンは、単に断食をする月というだけでなく、イスラム教徒にとって非常に重要な意味を持つ月です。この月には、預言者ムハンマドにコーランが啓示されたとされ、「聖なる月」と位置づけられています。ムスリムは、この期間中、日の出から日没までの間、一切の飲食を断ち、空腹や自己犠牲を通じて、飢餓に苦しむ人々への共感と平等意識を育むことが奨励されます。また、家族や友人との連帯感を深め、多くの寄付や施しが行われるのもこの時期の特徴です。

ラマダーン中は、単に飲食を断つだけでなく、喧嘩や悪口、喫煙、性交渉といった欲望も抑制し、自己を清め、信仰心を高めることが求められます。ラマダーン明けには「イード・アル＝フィトル」という盛大な祭りが行われます。

名称の由来

アラビア語の語根「ر - م - ض」（r - m - ḍ）は、「（熱さ、夏などの）盛り」を意味し、具体的には「猛暑」「酷暑」「強い日差しと熱で苦しめられること」に関連する言葉を形成します。ラマダーンの語源は、この語根から派生した動詞「رَمِضَ（ramiḍa, ラミダ）」の動名詞「رَمَضٌ（ramaḍ, ラマド）」に由来するとされています。この言葉は「酷暑、熱さの盛り、灼熱と強い日差しで砂や石が熱々になること」を意味し、この月の断食の厳しさを表しています。

ヒジュラ暦は太陰暦のため、毎年ラマダーンの時期は変動します。暦が制定された当時、この月が夏の盛りであったことから、この名が付けられたと言われています。また、地域によって発音が異なり、ペルシア語圏などでは「ラマザーン」と発音されることが多いです。さらに、長母音を省略して「ラマザン」とも呼ばれます。

ダードの発音について

ラマダーンの「ダ」の音（ض）は、アラビア語では「ダード」と呼ばれます。現代標準アラビア語では /dˤ/ という音ですが、イスラム初期には異なる発音だったとされ、クルアーン朗誦では異なる調音が行われています。古典アラビア語では、ザとダとラが混じったような咽頭化音であったとされます。

この発音は他の言語では表現が難しく、口語アラビア語でも ظ（/zˁ/ または /ðˁ/）との混同がみられます。そのため、古い時代にアラビア語から借用した言語では「ラマザン」「ラマザーン」となり、新しい時代に借用した言語では「ラマダン」となる傾向があります。

ラマダーンの期間

ヒジュラ暦は純粋な太陰暦であるため、グレゴリオ暦では毎年約11日ずつ時期が早まり、約33年で季節が一巡します。ラマダーンの開始日は、新月または三日月が観測された日を起点とします。古くは肉眼で確認されていましたが、現在は天体望遠鏡や科学計算も用いられます。しかし、観測方法や視力の差、地域によって三日月の観測にずれが生じるため、開始日が異なる場合があります。

多くの場合、「その地域の宗教指導者が肉眼で三日月を確認できた時」が開始日とされますが、トルコのように計算に基づいた暦を使用する国もあります。北極圏のような極地では、近隣国の日の出・日没時間に合わせるなどの調整が行われます。ラマダーン中は、世界中のイスラム教徒が同じ試練を共有し、特別な期間として認識されています。この期間中、「رمضان كريم（Ramadan Kareem、ラマダーン・カリーム）」という挨拶が交わされます。

断食について

ラマダーン中の断食（サウム）は、日没から日の出までの間は飲食が許されます。通常、夕食には大麦粥やヤギのミルクなどが摂取されます。断食は、旅行者や重労働者、妊婦、病人、乳幼児、高齢者、精神的な問題を抱える人など、特定の状況にある場合は免除されます。免除される場合でも、後日断食をやり直す必要のある場合と、そうでない場合があります。断食は宗教的なモラルの問題であり、苦痛を与えることや単に食べないことが目的ではありません。

日没後はすぐに食事を摂り、日の出前まで食事を続けることが良いとされています。日中、空腹を和らげるために、日の出前に多めに食事を摂ったり、脱水症状を防ぐために水を飲むことは許されています。また、一年を通して断食することや、昼夜を問わず断食することは禁止されています。断食の成立には、本人の意思が重要であり、うっかり飲食してしまっても無効にはなりません。一方で、断食をする意思がない場合は、飲食をしていなくても無効となります。ラマダーン中は夜食が盛大になり、食料品の売れ行きが良くなる傾向があります。

断食期間中は、飲食、喫煙、性行為、投薬、故意に物を吐くことなどが禁止されます。唾を飲み込むことや、うがい、歯磨き、入浴、昼寝などは許容されています。日没後も、イスラム教で禁じられているもの以外でも、明確でないものは避けるべきとされています。過激派の中には、ラマダーン中に支配地域の電気を止めるなど、市民生活に影響を与える措置をとることもあります。

非イスラム教徒とラマダーン

イスラム教徒が多い地域では、非イスラム教徒も外での飲食を控えたり、配慮が求められることがあります。飲食店は営業を控える場合があり、アルコールの入手が困難になることもあります。また、イスラム教を侮辱するような言動は特に慎む必要があります。ラマダーン中は、イスラム教徒との共同作業において、配慮が求められることがあります。イスラム国家に滞在する際は注意が必要です。株式相場でも、ラマダーン期間は低調に動く傾向があるとされています。

ラマダーン期間中の紛争では、戦闘が自粛される傾向がありましたが、近年はラマダーン期間中にも攻撃を行うグループも存在します。イスラム教徒が多数派の国では、若年者が断食を積極的に行うのが一般的ですが、少数派の国では、社会的な制約の少ない高齢者が断食を行うことが多いです。サウジアラビアでは、ラマダーン中に公共の場で飲食や喫煙をした非ムスリムは国外追放されることがあります。一方、中国では、ラマダーンの断食が規制されることもあります。

ラマダーンとスポーツ

2012年のロンドンオリンピックと2014年のFIFAワールドカップは、ラマダーンと重なりました。イスラム圏の国は日程変更を要望しましたが、受け入れられませんでした。また、2014 FIFAワールドカップでは、イスラム圏の選手が断食中にボトルで水分補給をする姿が見られました。大相撲では、エジプト出身の大砂嵐が、本場所とラマダーンが重なった際には日中の断食を励行しました。

感染症とラマダーン

2020年には、マレーシアでのイスラム教大規模集会で新型コロナウイルス感染症が拡大し、東南アジアに拡散しました。この事態を受け、各国政府はラマダーン中の礼拝を自宅で行うよう呼びかけました。また、医療従事者や感染者は断食を免除されるとの見解も示されました。サウジアラビアでは聖地巡礼が停止され、モスクでの礼拝も制限されました。

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