ヴァンダル人

ヴァンダル人：ゲルマニアから北アフリカへ至る興亡の歴史

ヴァンダル人は、古代末期にヨーロッパのゲルマニア地方から北アフリカへと移動した民族です。ローマ帝国最盛期後の民族大移動の時代に、ローマ領内に侵入し、北アフリカにまで勢力を拡大。カルタゴを首都とするヴァンダル王国を築き上げました。その歴史は、ヨーロッパの歴史、特にローマ帝国の衰亡と深く関わり、破壊行為を意味する「ヴァンダリズム」という単語の語源にもなっています。さらに、彼らの移動と定住は、ヨーロッパ各地の文化や民族形成にも影響を与えました。

ヴァンダル人の起源：未解明な謎

ヴァンダル人の起源は、現在でも議論が続いています。19世紀以降の研究から、ヴァンダル人の文化はプシェヴォルスク文化に属していたとされています。しかし、彼らの民族的出自については、リュージイ族との関連性などが指摘され、複数の部族が連合体を形成していた可能性も示唆されています。

スカンジナビア起源説も唱えられてきましたが、プシェヴォルスク文化が、スラヴ系の文化との混合によって生まれたという考古学的証拠から、この説には学術的な裏付けがありません。近現代のドイツやスカンジナビア諸国の民族主義的な主張と関連しており、学術的価値は低いと言えます。

同様に、ゴート起源説も、部族名と地名の一致に基づいて提唱されたもので、歴史的証拠は不足しています。オクシヴィエ文化が、初期ゴート族の文化と考えられることから、ゴート族の起源はスカンジナヴィアではなく、バルト海沿岸地方にあったという説が有力です。

ヴァンダル人の文化は、埋葬方法などから、ゲルマン文化とスラヴ文化の両方の要素を持つことが分かっています。これは、ヴァンダル人が当時存在していたスラヴ人の西方集団であった可能性を示唆しています。ローマの歴史家タキトゥスは、98年にオーデル川とヴィスワ川の間でヴァンダル人が活動していたことを記録しています。

分裂とローマ帝国との関わり：シリンジイとハスディンジイ

ヴァンダル人は、シリンジイとハスディンジイの2つの系統に大きく分かれます。シリンジイはシレジア地方とその周辺に定住し、ハスディンジイは南下してローマ帝国と対立、後にローマ帝国と和睦して定住しました。ヴァンダル人の一部はローマ帝国に移住し、ローマの高官に登り詰めた者もいました。西ローマ帝国軍最高司令官を務めたスティリコはその一例で、父がヴァンダル人、母がローマ人でした。スティリコは卓越した軍事指導者でしたが、政治的陰謀によって処刑されました。

西方への移動とガリア、スペインへの侵入

400年から401年にかけて、フン族の侵入を逃れるため、ゴディギゼル王率いるヴァンダル人はスエビ族、アラン族と共に西方へ移動を開始。ライン川を渡ってガリアに侵入し、その後スペインへと進出しました。スペインでは、アラン族、スエビ族、西ゴート族と領土をめぐって争いました。

ヴァンダル王国の建国と地中海支配

グンデリク王の弟、ゲイセリック王は、強力な艦隊を建造し、429年にアフリカへ侵攻。439年にカルタゴを占領し、ヴァンダル王国を建国しました。ヴァンダル王国は地中海を制圧し、シチリア島、サルデニア島、コルシカ島などを征服しました。455年にはローマを略奪し、東ローマ帝国の艦隊をも撃破するなど、地中海世界における一大勢力となりました。

ヴァンダル王国の衰退と滅亡

ゲイセリック王の死後、ヴァンダル王国の勢力は衰え始めました。東ゴート族やムーア人の侵入に苦しみ、内部抗争も激化しました。523年にはヒルデリック王が即位しますが、軍事力不足からムーア人との戦争に敗北し、王位はゲリメルに奪われました。

東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス1世は、この混乱に乗じて、ベリサリウス将軍を派遣し、ヴァンダル王国を攻撃。533年、アド・デキムムの戦い、トリカマルムの戦いなどでヴァンダル王国軍は敗北し、534年にゲリメル王が降伏。ヴァンダル王国は滅亡しました。

宗教問題：アリウス派とカトリック

ヴァンダル人の多くはアリウス派キリスト教徒でしたが、カトリック教徒も少数存在しました。ヴァンダル王たちは、カトリック教徒を迫害することが多く、宗教問題は国内の不安定要因の一つでした。

ヴァンダル人のその後：西スラヴ人への影響

中世以降、ヴァンダル人はポーランド人やチェコ人をはじめとする西スラヴ人の祖先を構成していたという説があります。一部のヴァンダル人は、東ドイツやシレジア地方に戻り、フランク王国とも接触しました。8世紀にはカール大帝が西スラヴ系の部族を「ヴァンダル人」と呼んでおり、中世の記録にもヴァンダル人の名が登場します。ポーランドやチェコの伝説にも、ヴァンダル人と推測される人物が登場します。

近世には、ロシアの国家起源にヴァンダル人を結びつける主張も登場しています。この説では、ヴァリャーグがノルマン人ではなく、スラヴ化したヴァンダル人であるとされています。

ヴァンダル人の歴史は、民族移動、文化交流、宗教対立など、複雑な歴史的要因が絡み合ったものです。彼らの痕跡は、ヨーロッパ各地に残っており、現代の歴史研究においても重要なテーマとなっています。

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