一向俊聖

一向俊聖（いっこう しゅんしょう）

一向俊聖は、鎌倉時代に活躍したとされる僧侶です。その生涯は多くの謎に包まれており、長らく実在が疑問視されていましたが、近年の考古学的発見により、その存在が証明されました。彼は、踊り念仏を広めた人物として知られています。

生涯

伝承によれば、一向俊聖は筑後国（現在の福岡県久留米市周辺）の豪族、草野氏の出身とされています。草野氏は、法然の浄土教の影響を強く受けており、俊聖も幼少の頃から仏教に親しんでいたと考えられます。

寛元3年（1245年）、俊聖は播磨国の書写山圓教寺に入り、天台教学を学びました。建長5年（1253年）には剃髪し、名を俊聖と改めました。しかし、翌年には書写山を下り、奈良の興福寺などで修行を続けましたが、悟りを得ることはできませんでした。

その後、俊聖は鎌倉の蓮華寺（後の光明寺）で然阿良忠に師事しました。文永10年（1273年）からは、各地を遊行し、踊り念仏を広めました。彼は「天道念仏」という独自の念仏を修し、道場を設けたとされています。

晩年は、近江国番場宿の蓮華寺で往生を遂げたといわれています。主な門下には、行蓮や礼智阿尊覚などがいます。

一向の教団（一向宗）

一向俊聖の教えは、東北地方、関東地方、尾張地方、近江地方に広がり、教団を形成しました。かつては、鎌倉時代末期の『天狗草紙』に登場する「一向衆」が一向俊聖の教団であるとされていましたが、現在では一遍の教団であるとされています。

一向俊聖は、時衆（念仏を唱えながら遊行する僧侶）の一人とみなされています。彼の教えは、同じく時衆であった一遍房智真や空也の教えとともに、後の浄土教の発展に大きな影響を与えました。

江戸時代には、一向俊聖の教団は時宗の管轄下に入りましたが、独立運動も度々起こりました。明治時代に入ると、一向派は浄土宗への転宗を試みましたが、時宗当局に認められず、多くの寺院が浄土宗に帰属したのは昭和18年（1943年）のことでした。

史料と伝説

一向俊聖の伝記は、『一向上人伝』という絵巻に描かれていますが、この絵巻は、一向が活躍した時代より後の近世に書かれたものと考えられています。また、浄土宗西山派の僧であったとする説もありますが、いずれの伝承も説話化しており、信憑性に欠ける部分があります。

しかし、近年、山形県天童市の高野坊遺跡から、応長元年（1311年）に「一向義空菩薩」の二十七回忌を行ったことを記した礫石経が多数出土しました。この発見により、一向俊聖が実在の人物であること、そして、彼の私称菩薩号が義空（儀空）であることが裏付けられました。これは中世宗教史上、特筆すべき発見です。また、同時代に近い史料としては「一向上人臨終絵」（南北朝期）があります。

ゆかりの寺院

一向俊聖にゆかりのある寺院は、以下の通りです。

番場蓮華寺（滋賀県米原市）：一向の墓所と荼毘地があり、旧時宗大本山、現浄土宗本山。
天童佛向寺（山形県天童市）：一向の墓所があり、旧時宗中本山、現浄土宗。踊躍念仏を伝える。
宇都宮一向寺（栃木県宇都宮市）：一向が開山と伝えるが、実際には行蓮による。現時宗。
山ノ内光照寺（神奈川県鎌倉市）：鎌倉にいた一向が開いたという。木造立像あり。現時宗。
照国寺（福島県南会津町）：一向が開山。現時宗。

参考文献

大橋俊雄『番場時衆のあゆみ』浄土宗史研究会、1963年。
成生庄と一向上人編集委員会編『成生庄と一向上人―中世の念仏信仰―』天童市立旧東村山郡役所資料館、1997年。
古賀克彦「一向俊聖伝の再検討」『時宗教学年報』26、1998年。
* 小野澤眞「一向俊聖教団の歴史的意義とその再検討」『文化』70-1・2、2006年。

脚注

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